寵教師

祭りのアブノーマル



「赤羽、おまえ部員じゃないから、自由参加だけれど、なんかやるか」
「ああ、雑務などならお手伝いしようかと思っていました」
 大学祭が、ここにもやってきたのだ。
 赤羽キヨラは、短くなりゆく日が沈みかける頃の軽音楽部の部室に、黒松タカユキ部長と二人で残っていた。
「部長は、統括ですよね」
「まあ……そうだな、何かしらは企画もしようとは思うけれどな」
 黒松は少し苦そうに笑った。キヨラも黒松の、教師と生徒間の関係性が少し特殊だということは察しつつあった。
 なぜ大学祭でそのような関係性が関わってくるかというと、ここ、真楽大学の学園祭は、教師を楽しませるのが伝統的なものだからだ。そして教師とマンツーマンという構造上、楽しませる相手は、自分の担当の教師であることが一般的である。
「赤羽も、何かしらやる程度でいいとは思うぞ、アキちゃんも赤羽なら何でも祭として楽しむだろう」
「例年だと、正装でやるんですよね。アキマサ先生、なんだか俺の正装がお気に入りみたいなので、何か、ううんと、正装で何かしようと思います」
「わかった、終わった後に、簡単な概要を、メールか何かで送ってくれ。まとめて主催へ報告をする」
「わかりました」
 はて正装。正装と言えば正装だった。大学祭当日、キヨラは首を傾げていた。
 正装が、二種類、クリーニングから部屋まで届けられてきたのだ。
 利府アキマサというキヨラの担任と、本来同じ型であるはずのキヨラの分の正装が、なんとなく見慣れない。
「先生、多分隣室のアミナのところと、クリーニング間違って送られてるみたいなんだけれど」
「んー、どれどれ」
 利府は、ああ本当だ、と、ベッドから眠たそうに、のしのし歩いてきて言った。
「先生、ご覧になっていないのに」
「いや見えるよ、ケースが赤羽くんのものじゃないから」
「ケース?」
 はっとクリーニング用スーツケースを見る。各々の寮生が正装をクリーニングするときのケースである。そのスーツケースに、確かに、キヨラがつけている目印の、YAMAIマークのシールが貼られていない。代わりに、アミナの赤い使い古されたものであろうピックが貼りついている。
「俺、返してくるな、先生」
「いやいや赤羽くん、大学祭が終わったら自然と返すことになるからいいよ」
「いや、大学祭で使うんだから」
「カオル先生と柏崎くんは、ちょうどさっき外を歩いていたよ、男装で」
 全くもって、自由な大学である。
「ねえ、赤羽くん、ちょっと着てみて」
「何を……?」
「柏崎くんの、女物の正装」
「……なんで?」
「単なる娯楽だよ、好きな相手が新しい服を持っていたら着せる、鉄板じゃないか。それにね、女装を恥じらうのは可愛げこそあれど、差別的だとは思わないかい。ね、キヨラ、どう思う」
 キヨラは少し困ったような顔をした。利府がキヨラを名前で呼ぶと、キヨラはたまらなくもどかしくなる。淫らになることを条件づけられた、調教の済んだ身体だ。
「アミナは、嫌じゃ、ないのでしょうか……?」
「柏崎くんには新調しよう、これから、ほとんど破いてしまうのだから」
「せんせ……」
「着て?」
 語尾こそ跳ねるが、命令でしかない言葉を利府は言った。キヨラが唾を飲み込んだ。おずおずとクリーニングの袋から出して、黒いストッキングを手に取る。
「キヨラ。女性用の下着がないなら、直接履くといい」
「……はい」
 けれど、キヨラがストッキングを履き慣れているわけがない。膝の辺りで止まってしまう。
「スカートは手伝うよ」
「はい」
 膝で丸まっているストッキングが邪魔でスカートが履きにくいだろう。けれどそれでは面白くない。利府は、床に直接座って着替えるキヨラをベッドへと助けがてら、スカートをくぐらせてウエストを留めた。
「キヨラ、苦しくはない?」
「はい、苦しくはありません」
「随分細いね、今度食事へ行こう。でも、じゃあ、ブラウスも着よう」
「はい」
 今度は滞りなく着終えた。ストッキングもなんとか引っ張り上げた。しかしながらスカートは尻たぶが見えるくらいまで上がってしまっている。
「はい、チーズ、キヨラ」
 唐突なその携帯電話での撮影では、キヨラは何もポーズはとれなかった。
「先生、何に」
「うん? 水玉コラージュにでもして、キヨラの企画ってことにしたら、面白いんじゃないかと思って」
「あの……」
 水玉コラージュってあの性欲を掻き立てるためだけに作られる写真ですか、と、キヨラはふっと思った。それはたまらなく、キヨラの興奮を煽った。自分を見て欲情してくれるひとがいるのならば、自分をこんな風にした利府も嬉しいだろう、そう思ったのだ。
「冗談だよ」
 ほんの少しの残念さと、もう少しだけ多い安堵があった。やはり自分は、赤羽キヨラは、利府だけのもので居たいし、利府が自分より正しい判断をしてくれたことに気付くとこの服装だって正しいように思えてくる。
「でも、キヨラがそういう服で秘書とかに就いてくれたら僕は嬉しいなあ。将来的に暇になったら考えてみてよ。今はどうしようか、その練習でもしようか」
 キヨラ、こっち。そう言って、利府は仕事用に立ち上げていたコンピュータの前に座った。何をするのだろう、キヨラはおずおずついていった。
「ねえ秘書さん、先生がちょっとだけ休憩をしたい、っていうときに、何をしてくれるかな」
「あ、お茶、とか」
「なるほどお茶ね。キヨラ、熱くもないし冷たくもないからびっくりしないでね」
 利府は言うと、常温で置いてあったハーブティを、キヨラの胸元に、ばしゃりとかけた。
「わ……」
「お茶、飲ませて、秘書さん」
 反射でのけぞったキヨラの手首をつかみ、利府はキヨラのブラウスに吸い付く。驚きで硬くなった突起は、ブラウスがくっついて形がありありとわかる。その上から舐められ、吸われ、じゅうじゅうと音がする。破廉恥な音だ、そしてこの場に相応しい音だ、キヨラのスカートの股のあたりを撫でる利府の手は、主張し始めて久しい硬さを楽しんでいる。
「んっ、ん、せん、せ……これは、アミナの……」
「そうだね、隣の女の子の服だ。でももう汚れてしまったから、僕が責任を果たそう。キヨラ、服の最大の望みはなんだと思う」
「服の……? 着られること……でしょうか?」
「観賞用になった、たとえば有名映画のお衣裳は、望まれていないのだろうか?」
「ん……ええと……」
「僕が思うにね、キヨラ」
 びしょびしょになったアミナの、いや、キヨラのブラウス越しに、利府の手がキヨラの脇腹のあたりを撫でている。くすぐったいのか身体を跳ねさせるキヨラに、利府は続きを話す。
「着ているひとの幸せを願うんじゃないかな」
「あ……」
 利府の手が脇腹から背まで這入りこみ、利府は近づいたキヨラの耳を噛んだ。
「ふうぁ……先生……」
「ねえキヨラ、いま、どうやったら幸せになれるかな」
「幸せ……」
 利府がキヨラのスカートをまくり上げる。ストッキング越しに、キヨラの尻を撫でまわす。
「汚して、しまったので」
「服を?」
「はい」
「でも、汚したのは僕だよ」
「汚した、先生の幸せが、俺の幸せなので」
「そう」
「企画を、がんばります」
 利府は一瞬きょとんとする。そしてすぐに先程の自身の発言を思い出した。苦笑交じりに、携帯電話を再び持ち直した。
「じゃあ、キヨラはどういう格好をしてくれるのかな」
 指示を仰ぐようなキヨラの目線に、しかしながら利府は笑う。
「しばらく外に居るから、僕が喜びそうな格好を、その携帯で撮っておいて。折角企画してくれているんだし、お菓子とかを用意しておくべきだったから、買って来るよ」
「はい……」
 キヨラは寂しそうに、携帯電話を受け取る。
「これだけ、やってあげる」
「え、あ」
 利府は至極楽しそうに、キヨラの両脚を開かせた。そしてストッキングの中で苦しそうに膨張しているそれの上の生地を、痛くないよう優しいまでに軽く手繰ると、力を入れてビリと破いた。
「ひ……」
「ちょっとは、イメージ沸くかな?」
「はい……がんばります」
 キヨラは恥ずかしそうに、膝をすり合わせた。
「僕が見てないほうが、恥ずかしくないんでしょう」
 答えに困って、キヨラは斜め下を見た。
「そんなキヨラの企画だもの、楽しみに待ってるよ。じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい……」
 キヨラは呟くように言うと、指示通りに利府の携帯電話のカメラを起動した。
 そこまで見届けて、利府は寮の一室である愛の巣から出た。
「あら、利府先生」
 利府が息をつこうとしたときだった。寮の隣室の、学生の柏崎アミナと、担任のみつせカオルが、何事もなかったかのように声をかけてくる。
「ああ、おかえりなさい、カオル先生、柏崎くん」
「企画仕込中ですか?」
 常々思うけれど、本当に印象の良い学生だ。柏崎アミナはカオルの少し後ろから、悪戯っぽく笑っている。寮の隣室なので、夜中の声のあたりはお互い様である。
「そう、キヨラが自分撮りをしてくれるって言うからね」
「赤羽さんが……面白そうで、いい企画ですね」
 柏崎アミナがつやつやとした唇を横に伸ばして、楽しそうに笑う。揺れるポニーテールは、シャワーを浴びた直後の独特の湿度を感じさせた。
 では、と、それくらいの挨拶を交わして、利府は一応存在する職員室で、クラウドの画面を開いた。
 利府の携帯に保存された画像は全てクラウドで保存されるのだとキヨラは知る由もない。
 それを証明するかのように、キヨラの画像が更新されていく。乱れ切った痴態が流れてくるのも、なかなかよいものである。


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