寵教師

いけないマネキン



 『制服のマネキン』ってフレーズ、どう思う? 何があったかも曖昧な昨日が終わって結局夜は明けた。スズメの目覚ましが鳴り始めるころ、横に寝ていた先生は突然、スマートフォンをいじりながら俺にそう訊ねてきた。
「恋をするのは云々、ってやつ?」
「そう、赤羽くんは、あの歌を断片的に知っているわけだね。知っていることをできるだけピックアップして、且つ、制服を着たマネキンだ、と聞いたら、どう思うのだろう」
 俺が考えと言葉を組み立てていると、先生は急かしていないと言うように寝返りを打って俺に背を向けた。スマートフォンの中が自然と覗けるが、俺は敢えて目を逸らした。
「たぶん、先生が望む答えじゃないものが、俺の答えだ」
「それを聞きたくて訊いている部分もあるんだ、教えてほしい」
 少し増えた安心と、相変わらず根付いている不安の中で、俺はアウトプットを始めた。
「制服を着ることと、マネキンになることは同じだと俺は考えてる。恋をしてもしなくても、いけないことをしてもしなくても、マネキンだ。制服が選ばれるのではなく制服が選ぶと言ってもいい。それが制服の特性だ。だから、たとえ、制服を着たマネキン、となじられても、俺は何の嫌悪感もない」
「うん、それで」
「制服を着たマネキン、つまり学校に通う身分では、どんなにいい子であっても、その子はいけない子だとも言える。どんなにいい子でもいけないからこそ却って、大人に邪魔をさせない、と思ってしまうのだろう。けれど邪魔をさせないなんて不可能になるように大人は世界を作っている」
「なるほどね」
「だから俺の母校の制服の写真あんまり見ないでおいて」
「可愛いじゃないか、ブレザー」
「学ランも着てみたかった」
「いやいや僕はブレザーのほうが赤羽くんには似合うと思うんだ。だって学ランは第二ボタンという教師の敵がある。それに赤羽くんは昔は、制服を着たマネキンが嫌だったみたいじゃないか」
 ばっと飛び起きた。先生はスマートフォンで俺の母校の制服の写真を見ていたはずだった。それは割といつものことだし抵抗もない。しかしながら、今はいつの間にか、俺が高校時代にピアノのコンクールに出たときの写真を見ていた。確かにあの頃は俺のネクタイはルーズだったし、バッヂはわざと角度をつけるのが流行っていた。
「愚かしかったと反省しているからあまり掘り返さないでくれ……」
「反省があるのなら愚かしいと責め立てるべきではないよ。それに、赤羽くんは真面目なほうだ、どこかそういうとっつきやすい部分があったほうが、みんな楽だと思うけれどね」
 頬が熱くなるのを感じた。観念して布団を正し、その熱い頬を先生の背に押し付けて抱きつく。先生はただ「おやおや」と言った。
「女の子たち、スカートの丈が良心的だね。長すぎず短すぎない」
「いい学校だったよ、ある程度までは許してある程度をこえると厳重注意。あの学校に居たら制服のマネキンに嫌悪感は抱かないだろう」
「確認すると、制服のマネキンに抵抗がないということだね?」
「まあ、そうではある」
 よかった、と、先生はそう言った。俺はなんとなく、これからすることの見当がついた。
「何か着させたい制服でもあるの」
「よくわかったね。そろそろ、キヨラに服を買ってあげたいんだ。一緒に買いに行くのはキヨラは嫌だろうから、通販で、いい服を探せたらいいなと思って。サイトの見当もつけてある。情報処理室へ行こう」
 なんとなく、はい、と返事をして、わくわくとしている先生と一緒に布団を出た。
 ぼんやりと歩く俺の名前を先生が呼んだ。
「キヨラ。大丈夫だよ、情報処理室で見ても問題ないような、ちょっとだけセクシーな服だよ。履歴だときっとキヨラが彼女さんに買ってあげるんだろうなというくらいにしか残らない」
 女子が着るようなセクシーな服なんだな。俺はもういちど、はい、と言った。先生は楽しそうだ。その理由は、情報処理室からそのサイトにアクセスすると、なんとなくわかった。思っていたような、どぎつい衣装ではない。イベントで少し着ます、というような、普段着ではないもののプレイ用でこそないものだったのだ。拍子抜けしてしまった。
 俺をコンピュータの椅子に座らせ、先生は屈んで画面を見ている。
「キヨラは、どうかな、この警察官とか、なかなかじゃないかな? あるいは王道の動物ものでもきっと似合う。ベビードールはまだ抵抗があるかもしれないけれど」
 心がふわふわしてしまって、なかなか話が耳に入ってこない。でも先生は、とても楽しそうだ。衣装よりも先生のほうが気になってしまう。
 そんな俺に、先生は少し間をおいて付け足した。もっと派手な服を着たいのかい。
「先生の」
 先生のシャツが着たい。俺ではない誰かが俺の口でそう言ったような感覚だった。それでも、なんとなく、コスプレと先生のシャツは、結びついたのだ。
 先生は一瞬ぽかんとした。すぐに柔らかな笑みに変わって、口元がこう動く。キヨラは本当に可愛いことを言うね。
「今ここで、着てみる? ちょうどコンピュータに、カメラ機能もあるし」
 心臓が跳ねた。先程から先生に抱いてほしくてたまらない。それを先生は許してくれるということだろうか。
「嬉しいな。キヨラが僕のシャツを、お衣裳として見てくれるなんて」
 先生のそのつぶやきは、よく理解できなかった。先生の手が俺のパーカーのジッパーを下げている。俺は先生の首に腕を回した。先生が更に屈んで、頬同士が触れ合う。
「ボタンは、外せるかい」
 先生はそう言ったきり、俺の唇から唇を離さない。先生のシャツのボタンを俺は手探りで外す。パーカーを脱がせ終わった先生は、俺を引っ張り上げて立つように導いた。従うと、ボトムまで下ろされる。俺の尻を撫でて、先生は俺がボタンを外し終わるのを待っている。撫でられるたびに、むーむーと声が出ていることに俺は気付いていなかった。
 無事に先生のシャツのボタンを外し終えた。ようやく口が自由になる。
「今更だけれど、僕とキヨラは体格が変わらないから、たぶんキヨラが思うような特別なお衣裳にはならないよ」
「それでも」
「そう思ってくれるんだね」
 先生は自分でシャツを脱ごうとした。
「あ、先生」
 気付くと先生のシャツの裾を掴んでいた。先生が不思議そうに俺を見た。
「脱がせて、くれませんか」
 俺を映す先生の瞳が眇められる。キヨラも男の子なんだね。
 先生の首元に手を差し込む。そのまま、先生の身体をなぞるようにその白いシャツを押し下げていく。先生はにこにこと黙って見ている。先生の手首から袖が抜け、俺は先生のシャツをじっと見つめた。なぜこんなことだけで、こんなにどきどきとしてしまうのだろう。
「着ていいよ」
 先生はコンピュータをカチカチとマウスで操作する。画面いっぱいに、裸の俺が映った。恥ずかしくなって、俺は慌ててシャツを着た。
「正面を向いてみる?」
 先生の提案で、俺は画面の正面に立った。一見ではただの普通のシャツを着た俺だけれど、身体の興奮は、そのシャツが普通でないことを語っていた。
「鍵、閉めてくるよ」
 先生がそう言って、俺から離れた。鍵を閉める必要があるようなことをするのだ。いよいよ胸が高鳴ってしまう。
 先生が戻ってくる。じっと見られると僕のほうがなんだか気恥ずかしいね、と笑ってくれた。
「じゃあ、キヨラ、随分期待してくれているみたいだから、画面の前に両手をついて」
 言うとおりにすると、画面しか見えなくなる。それだけでも充分に恥ずかしい格好なのに、先生はうーんとうなった。
「そうだなあ、じゃあ、肘をついてみて、キヨラ」
 先生が俺の腰を支える。肘をつくと、腰だけ突きだした格好になる。
「ちょうどいいかな? じゃあキヨラ、少し触るよ」
 先生の手が伸び、俺の胸の尖りをつまんだ。もどかしくて身体をよじる。嫌でも目に入る画面では、俺は腰をいやらしくくねくねさせていた。どうしろというのだろうか。
「せん、せ……」
「うん?」
「あの……」
「もう始める?」
 優しく言ってくれた。俺は頷くだけでよかった。先生は珍しく、ゴムをポケットから出した。確かに、情報処理室の床はカーペットだ、汚せない。まず先生はそれを俺に被せ、そのあと先生のにも被せたようだった。
「んあっ……!」
 俺は思わず声を上げた。先生の感触が、いつもと違うぬめりと一緒に後ろに押し当てられる。
「ああ、ごめんね、とてもぬるぬるするゴムだからびっくりさせたかな。でも、僕も早く始めたくて。キヨラのここがひくひくしているのを、そんなにずっとまったり黙って見ていられない」
 先生が俺を拡げて押し入ってくる。慣らしていないものだから苦しいけれど、ぬめりのおかげで痛くはない。
「んっ、んう……」
 ゆっくりと入ってくる先生の感触に、息が荒くなる。あまりバックでしたことはなかったかもしれない。慣れていないため、少し苦しい。
 先生がゆっくりと動いてくれる。それだけでひんひんと声が漏れる。
「キヨラ、画面、見られる?」
「はい……ひ、あっ、あ、あ、」
 俺が画面に目を向けると、先生は動きを速くした。肉がぱしぱしとぶつかる音がする。画面の中では、そのたびに先生のシャツがわずかにはためいて、高く上げられた俺の尻の後ろには先生が映っている。俺の口は息を求めて声を上げる。
「キヨラは、撮られるの、好きなのかな」
 ただあんあんと喘ぐだけになった俺に、先生が言う。身体を起こして、キヨラ。
 従うと、中で角度が変わるのがわかる。少しつらくなってきたあたりで、先生は俺の両脚をすくい上げた。画面に白いワイシャツの襟元を自分でつかみ、結合部を隠そうともしない淫らな大学生の膝裏を支えて立っている先生が映っている。
「身体、やわらかいんだね、キヨラ」
 思わず顔を背けた俺に、優しく先生は言う。このほうがお互い、見やすいかと思ったんだけれど。
 入っているだけでは物足りなくなってきてしまった。自分で中が締まったのがわかるくらいだった。すると先生は画面の中で微笑み、俺を抱え直して、上下に揺さぶり始めた。深くまで、拍子を刻むように押し入られる。それでももう足りなかった。早くイかせてほしくてたまらない。もっときちんとした刺激が欲しい。なんともひらがなで書き記すことの難しい母音が俺の口から漏れた。もどかしい。
「キヨラ、お衣裳、どうかな」
「んっう、んっん……せ、んせ……の、シャツ」
「うん」
「先生、に、触ってた、シャツ、が、俺、触って」
「そうだね、間接的な、愛撫とでも、いうのかな」
 先生が俺を抱え直す。びっくりして声が出た。
「また、着たい、です」
「もう終わりにするのかい」
 確かに勿体ない感じはするけれど、もう身体がうずいてたまらない。
「シャツを着せられているのに我慢できないなんて、いけないマネキンさんだね」
 もう何を言われているのかわからなかった。早く、激しく突いてほしい。
「先生、イきたい、です」
「うん、もうイけるんじゃない? 画面を見てごらん、とてもいい表情だ」
 言われた通り、画面を見る。いつの間にか目を閉じていたことに気付いた。画面の先生は、とても楽しそうだった。少し眉を寄せていて、けれど口元が微笑んでいる。その先生は目を伏せると、俺を揺さぶり始めた。苦しそうなほど息が上がっているのは、俺も同じだった。
「あっあ、んっあ、あ、せ、あ……せんせ」
「なんだい」
 少し苦しそうな声だった。
「服、好き、また、着たい、先生が、着せたい服、着たい」
「それは、気持ちいいということかな」
「ん、とても、いい、ので、服、買って、ください」
「僕は、またキヨラに、僕のシャツを、着てもらっても、充分なんだけれど」
 先生は笑い混じりに言った。
「んん、また、撮って、俺のこと、見て」
 先生は、くすくすと笑った。
「お利口な、マネキンさんだね」
 俺は脚を床に降ろされた。砕けそうになる膝は、先生が腰を支えてくれたので大丈夫だった。
「んああっ!」
 そのほうが、そこを突きやすかったのだろう。狙い澄まされて、何度も抉られる。
「はあぁん、んん、あぁあんん!」
 先生のつけてくれたゴムの中に吐き出した。息を整えるいとまもなく、先生が俺を求めてくるのが、画面の中に見えた。
「ん、く」
 先生が俺の中で果てたのがわかった。泣きそうなほどの表情で、先生がゆっくりと出ていく。
 ゴムの処理をするとすぐに、先生は俺を眺めまわした。
「なかなかに、嬉しいものだね」
「マネキンが?」
「そう、でも、お衣裳じゃなくてシャツにしてくれたのは、さすがキヨラだね、たまらなかったよ」
「また、してくれますか?」
「そうだね、いろいろなことをしよう。キヨラは、ただ僕に抱かれるだけのマネキンではない。感情がある。いろいろしよう、いろいろ」
 先生は始終にこにこと笑っている。俺も幸せのあまり笑ったのが自分でわかった。


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