寵教師

嬌声の実験



 赤羽キヨラは2年の浪人の分だけ勉強にブランクがあるけれど、僕が教えたことはなんでも喜んで学ぼうとする。僕は今までこの大学特有の教えとコミュニケーションの基本と英語統語論を主にして赤羽くんの講義を組んでいた。教えとコミュニケーションはこの大学の必修だけれど、英語統語論は、赤羽くんが苦手そうだから扱おうと思った。当然のことであるが赤羽くんは最初は英語統語論という言葉すら知らなかった。それが一般的だ。
 しかしながら赤羽くんの熱意はものすごいものがあり、いつの間にか一年生にしては勿体ないほど英語統語論に詳しくなっていた。教師として嬉しい限りだ。
 それでも、もう少し、面白くしたい。知らない世界に赤羽くんを放り込んで、赤羽くんが僕を求める姿が見たい。
「赤羽くん、英語は好き?」
「好き。楽しい」
「音韻論をやってみる気はない?」
「音韻論?」
「英語の音に関する教科だよ。統語、形態、音韻、意味の部門の話は入学直後の頃した通りだよ」
「ふうん。教えてくれるなら、教わるけれど」
 朝8時、朝食をとった後、赤羽くんはベッドの上に寝そべってぼんやり単位表を眺めていた、至って普通の成績だ、僕はコンピューターの乗っているテーブルの椅子に腰かけていた。
「まずはとっつきやすく実験から入ろうか。じゃあ、やる気になったら二階の小教室まで来て」
「わかった。シャワー浴びたら行く」
 頷いた僕は部屋を出て、小教室へ向かう。小教室のコンピュータをセッティングして、ヘッドフォンとマイクの具合を確かめる。スピーカーの音量調整がてらバッハを聴いていると、ノックがあって赤羽くんが入ってきた。
「遅くなった」
「大丈夫だよ」
 バッハを止める。
「始めよう。まず、僕たちは、頭蓋骨のあたりで自分の声をモニタリングしながら話している。これは教えたね」
「はい」
「だから、いっかいモニタリングを奪うとどうなるのか、実験してみよう。ヘッドフォンをかけて、僕が黒板で指示する言葉を言おうとしてみて」
「わかりました」
 立ったまま、キヨラがヘッドフォンをつける。音を遮断するヘッドフォンだ。目隠しもつけてみたいものだけれど、それはまたの機会に。
 僕は手近な黒板まで歩き、『あいうえお』と書く。
「えぁ、あ……ひ……? ゆ……」
 うまく発音できずに、キヨラが戸惑う。
 僕はキヨラの元へ戻り、ヘッドフォンを外してやる。
「うまく言えないだろう」
「はい」
「でも、慣れればそれなりに言えるようになるよ。慣らしてみる?」
「やってみたいです」
「じゃあ、もういっかいつけて」
「はい」
 キヨラがヘッドフォンをつけるや否や、僕はキヨラに口づけた。驚いたキヨラが身体を強張らせる。
「ん……んん」
 実験専用のヘッドフォンでキヨラは自分の声をモニタリングできないため、キヨラ自身には声を出している自覚も恥じらいもない。声が抑えられることなく自然に溢れる。キヨラを引き寄せて、より深く唇を押し付ける。舌を押し込んでも抵抗はなかった。代わりのように、キヨラは喉の奥で喘いだ。
「んぁ、ぐ、む、うう」
 キヨラのトレーナーをまくり上げ、手を差し込む。むき出しの背中に触れると、キヨラも僕を引き寄せてきた。僕の二の腕を服の上からキヨラがつかむ。
「くっ、ん、えんぇ、あ」
 キヨラが苦しそうだったので、僕は唇を離した。代わりにキヨラのボトムを緩める。
「あ、や、せんぇ、ぁめ、ひゃ」
 うまく話せないキヨラは期待以上の色気だった。今日は、本番を許してもらおう。最近はずっとお預けで寂しかった。僕がニッチな責めかたをするのもいけないし、キヨラが力尽きるまで楽しんでしまう僕が九分九厘悪いのだけれど、寂しいものは寂しいし、悪いことをしないのもそれはそれで寂しい。
「今日はきちんとしたセックスをしよう」
「えんえ、ぇんえぇ……」
 ヘッドフォンによってキヨラはまったく聞こえておらず、僕を呼び続けている。ヘッドフォンを勝手に外そうとしないところも実にキヨラらしくて、その絶対的な服従がたまらない。
 僕が身体を寄せ、昂ぶりをキヨラの腕に押し当てる。キヨラは驚いて目を開いた。しかし僕が再び顔を寄せたためすぐに閉じられる。次のキスはキヨラも積極的だった。首を傾けて僕の唇を吸う。キヨラの腕が僕の首に巻き付いて、密着した身体は、キヨラも負けずに熱かった。口づけを繰り返しキヨラのベルトを外す。キヨラがねだるように腰を動かした。応えるためにキヨラのボトムを下着ごと引きずりおろし、そのままキヨラの片脚を抱き上げると、自然とボトムから脚が抜ける。キヨラが首を反らし、期待のため息をついた。ただのため息のはずが、声帯を通る空気量が多すぎて声が出た、細く甘い声だった。
 僕はもう片手でキヨラの頭を僕の肩に乗せるように身体をくっつける。そして両脚を抱き上げ、キヨラの全体重を支える。
「ぇあ、あ……?」
 キヨラが戸惑う声を上げる。
 僕はそのまま白い壁紙にキヨラの背を押し付け、片手を離してジッパーを下ろした。キヨラは僕の肩に頭を乗せているので何が起きているかわからない。不安そうに、脚を僕の背に巻き付けた。
 しかし慣れた熱い肉の感触に、とうとうキヨラは状況を把握する。怖がって、嫌だというようにヘッドフォンで飾られた頭を振るが、僕がいきなり突っ込んで痛い思いをさせるわけではないと知ると、下半身に入っていた力を少しずつ抜いてくれる。僕はもういちどキヨラの両脚を支えた。欲求の先端が対象のひくつきに誘われる。
「あ……ん、ん……」
 耳元で鳴る声から痛みと恐怖が消えるまで、浅すぎるピストンを繰り返す。まだ首も飲んでいない、ぬめりを馴染ませるような感じだ。
「んん……せ、んせ……」
 キヨラのモニタリング能力は無音状態に慣れてきており、言葉が少しきちんとしたものになってきていた。そして、焦れているのだとすぐわかる。僕はキヨラの顔を見るために背を反らした。キヨラは泣きそうな顔をしていた。つらそうに眉を寄せ、怯えるように涙を浮かべ、体内の柔らかさを主張するように唇は薄く開いていた。
「せんせ、らっ、ぁめ、ひ、っか、かな、と、んのぁ、おれ……く……ゆご、しゃ……」
 大体言いたいことはわかるけれど、キヨラが本当に今そういう状態なら、そうさせたいと思うのが性だ。僕はキヨラの望むままに、一気にキヨラにすべてを収めた。
「ぅあああんんぁああ! ひゃっ、ひ、あぁあ、ひ、い、ぁあ、い、ぁ……」
 先生、だめ、いっかいイかないとこのまま俺、イく、汚しちゃう。先程のその宣言は、しかしながら、実現されなかった。途絶え途絶えの言葉は痛がっているのか善がっているのかさすがにわからなかったけれど、至って気持ちよさそうに喘ぎ、跳ね、締め付けてくるので問題ないだろう。
「やあぁああ、ぁああ! せ、ぇんせえっ! あ、あっあ、や、ぁああ!」
 僕は至ってゆっくりと動いているのだが、キヨラが自分から激しく腰を揺すっている。まだ刺激が足りずに達せなかったか、何かの条件が欠けているか。僕が普段いじめすぎるせいで、キヨラには変な条件付けがなされていることがある。
「いや、みゃ、っひぁあ、ぇ、せ、せんせ、みゃえ、ん、てぇ……みゃ、えぁ、ねか……」
 今度はさすがに僕も解読できなかった。キヨラの背を壁紙に預け、いったん動きを止めた。手が自由になる。キヨラが息を整えるけれど、時折苦しそうにうめきながら中を痙攣させている。絶頂は恐らく手の届く位置にあるだろうに、手を伸ばそうとしないのは、僕が無意識にそう教えてしまったからだ。僕はしがみつくキヨラの肩を少し壁側に押し、顔を見る。頬は血の色を透けさせていて、酸素を求める口元は二酸化炭素を多く含む甘さをしきりに吐き出している。瞳は自然に閉じられていたけれど、しばらく待つとゆっくりと開いた。
「なんていったの?」
「ぇ、んせ……せん、せ、ちか、まら、ってな」
 先生、違う、まだイってない。なんでイったの、と誤解されたようだ。
「違う違う、イけないの?」
 首を左右に振ると、キヨラは戸惑った。僕はゆっくり口を動かす。
「イけない?」
 キヨラが頷く。わかってくれただろうか。
「どうして?」
「ろ、して?」
「そうそう」
 安心させたくて微笑む。まばたきをして涙腺へと溜まった涙を送りだし、キヨラが精一杯はっきりと発音する。
「ら、みゃ、え……お、ん、て」
 僕は首をかしげて見せた。僕は人間の口の構造をフル回転で思い出す。
「らみゃえ……」
「……なまえ?」
「らまえ……」
 名前、呼んで。キヨラはそう言いたいようだった。確かに、今までキヨラの名を呼ばずにしたことはなかったかもしれない。
 僕はキヨラを壁に預け直し、ヘッドフォンを外してやった。涙声でキヨラが僕に縋り付く。
「あ、ぁ、せ、んせ、先生、先生……!」
「よしよし。少し意地悪をしたね」
「せんせ、名前、名前、呼んでください、もう、イきたいのに、呼んでくれないと、イけなくて」
「うん、じゃあ、少し我慢できる?」
 キヨラが何が起きたかわからない顔をした。
「たまには、僕と一緒まで、がんばってみてくれないかな? せっかく、イけないんだからさ」
「え……でも、先生、先生は、まだ、そんなじゃ、ない、のに」
「うん。だから、ちょっと面白いかなと思って」
「……我慢、できそうに、ないんです……」
 キヨラが呟くように言うと、中も賛同するように締め付けてきた。
「そっか。じゃあ我慢しなくていいから、自然にイけるまで、ちょっとがんばってみてよ」
「先生……でも、もう、俺……苦しく、て……」
「できない?」
 キヨラが絶望に似た表情をした。中が痛いほど締まる。
「できないなら、それでもいいよ」
「……し、ます……」
「うん。じゃあ、動くよ」
「あ、先生っ」
 僕がキヨラの脚を支え直すと、キヨラは焦って言う。
「ほんとに……?」
「できるだけでいいよ」
 要するに、限界まで許さないということだ、と、キヨラはそう理解したようだ。けれど従順なキヨラは反抗する意志を持てずに、僕の首に引っかかっていた腕に力を入れ、僕と身体を密着させる。肩に顎が乗った感触があった。
「わかり、ました」
「いい返事だね」
 僕がゆっくりとキヨラの身体を持ち上げると、未だ冷めきっていなかったその身体の熱が一気に再燃する。
「ひぁあ、あっ、あああっ、せ、んせ……先生……」
「まだ、そんなに動いてないのに」
「ほんと、もう、もう、だめ、で……」
「声もいつもより大きいね」
「ごめ、なさい」
「ううん、嬉しいよ。そんなにがんばってくれてるってことだもんね」
「う……」
「……ね?」
 確認ついでにキヨラのいちばんの弱所を抉る。
「あああぁあっ……だ、だめ、イかせて、せんせ……!」
「がんばって」
「も、だめ、もうだめ、許して、先生、やだ、や、せんせ」
「今日は自分勝手さんだね」
 少し持ち上げ、すぐに落とす。そうやってそこを責め続けると、僕の首を一周している手の指先が熱を持つ。
「んぁああっはぁんっんん」
「イってしまうかい」
「んんうぁ、や、イ、かな……っがんば、ぃ、ます……あ、あぁあ」
「いい子だね、おまえは」
「っひ、あああんんっ、せんせ、やっぱ、も、もう」
「褒めないほうがよかったかな」
 キヨラの指先がどんどん熱くなる。キヨラの身体は限界まで興奮しきっている。喉をひきつらせて息を吸い、声帯が震えるほどの空気を吐き出す。
「あぁはああ……う、あ……あっ、んんんぅう、あ、ぁめぇ、ああっ、や、イ、きそ……」
 出し入れに合わせてキヨラが声を上げている。
 キヨラの関節はやわらかく、僕はキヨラの膝裏に肘をひっかけたままキヨラの頬をぺちぺちと叩くことに成功した。
「あっ、んあ……せん、せ……?」
「がんばるって言ったね?」
「ん……」
 肩に乗っていたキヨラの顎が浮き、代わりにキヨラは僕の肩に目元を押し付ける。注射を怖がる子供のようだ。
「でもね、いいかい」
「う、はい……」
「僕はね、この教室で最後までする気はないんだよ」
「え……?」
 キヨラが、訳が分からない、と、母音をひとつ発音する。
「エレメント理論を教えたい。mAssの話は、盛り上がりそうだ」
「せ、んせ、わからな……」
「うん。まだ教えていないからね」
「せんせ、もう、え、どうして……」
 耐えかねたようにキヨラの中が僕を求めてびくびくと二度震えた。
「名前は、呼んであげないよ、ここでは」
「せんせ……?」
「代わりに、寮まで戻ろう。ここには実験をしに来たのであって、セックスをする場所ではない。もしおまえがそういうのが好きなら、もっといい設備で楽しみたい」
 キヨラは返事すらできずに、荒い呼吸と腰を振る動作を繰り返している。
「いったん抜くよ」
「え、や、やだ、先生、嫌です、最後まで……俺が、なにか言ってしまったなら、ちゃんと、反省、するので……だから……」
「おまえが悪いわけじゃないよ」
「でも、でも……」
「……いちど、イかせてほしい?」
 キヨラは3秒言葉を選んだが、最終的に頷いた。
「でもね、ちゃんと寮でしないと、きっと手酷く汚してしまうよ、おまえの神聖な教室も、おまえの中の利府アキマサという教師も」
 僕は返事を待たずにキヨラから自身を引き抜いた。キヨラが背を震わせるが、絶頂には至れない。そのまま机に座らせる。
「先生、先生……」
「服を、まあ、猥褻でないように誤魔化して着ればいいよ。それで寮に戻ったら、」
 キヨラが床に丸まっていたボトムに脚を通す。つらそうなほどいきり立ったそれは相変わらず天を向いていて、キヨラは迷いに迷ってセーターを引き伸ばして隠そうとしている。
「きちんとしよう、キヨラ」
 ちょっとした悪戯心だった。キヨラは「ひっ」と息をのみ、どうやらセーターの内側に射精してしまったようだ。ずっとお預けされていたその感覚に、キヨラは身体を折って耐えようとする。机に頭をぶつけそうだったので、肩を支えてやる。
「……我慢してた?」
「……ひ、は、はい……」
「そんなにがんばってくれたんだね」
 絶頂をやり過ごしているさなか、キヨラが僕に縋り付いてくる。
 実験の結果は、上々だ。

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