寵教師

にゃあと鳴きなさい



 鮭フレークとのりたまのふりかけが冷蔵庫にあったと思ったのだけれど、そういえばと思い出して見てみるとなくなっている。先週いちどそういうことがあったし、今、2回目になるとさすがに思い込みではないだろう。俺は「先生」と容疑者を呼んだ。
「ん、なあに」
「鮭フレークとのりたま、食べた?」
「うん」
 容疑者は悪びれない。
「ああ、あとツナ缶とマヨネーズもないよ」
 容疑者は自供した。余罪も多そうだ。
「あ、あと玉子と白出汁もない」
 ここまで来ると気付かなかった俺が悪いみたいじゃないか。
「買ってこようか?」
 一転、うう、頭のいい容疑者だ、償う意志を見せることで刑が軽くなると知っているのだ。
「一緒に行く」
「うん。おいで」
 俺の中の俺が「おいでじゃねえよ!」と叫ぶけれど、先生の「おいで」はそれをねじ伏せるような何かを孕んでいた。先生はセックスの前、俺がシャワーを浴びて戻ってくると、そう言って行為の始まりを告げる。俺はパブロフの犬もいいところだということだ。
 そうやってスーパーマーケットに来たのはいいのだけれど、俺は朝食に混ぜ込み鮭ごはんとのりたまおにぎりを食べたくてこの容疑者を問いただしたのだ。空腹なときにお手頃価格の食べ物を見るのは、なかなかにこたえる。
「なんでひとりで食べたの」
 おなかを鳴らしながら、俺は容疑者に尋問をすることにした。気を紛らわせてとっとと買い物をして、帰ってごはんにしよう。
「一緒に食べよう、と、言えば良かったかな」
「そうだな」
「じゃあ帰ったら、一緒にごはんにしよう。赤羽くんは、何がいい? 勝手に食べてごめんね」
 なんということだ、先に謝られてしまった。これではもう先生は容疑者ではない、犯人だ。
「僕はシチューが食べたいなあ、でも今から煮込んでお預けしていたら赤羽くんが可哀想だ。おなか、すいているんだろう」
「先生のせいで」
「ごめんって、次からはちゃんと声をかけるよ」
「腹減ったし先生謝ったしなんでもよくなった」
「ごめんごめん。うーん、あ、これとかどうかな、シチュー風味のコーンフレーク」
「いいんじゃない」
「じゃああと僕が食べたやつ補充して帰ろう。アイスか何か食べながら座ってていいよ、僕が悪かった」
 先生はフリスビーを投げられたゴールデンレトリバーよろしく朝一番の閑散とした売り場に駆けていった。
 俺は言われた通りアイスのコーナーへ行った。何がいいだろう。空腹なので、ここに置いてあるもの全部ひととおり食べつくせそうな錯覚すら覚える。
 ひとしきり悩んで、ラムレーズンアイスクリームが挟んである120円のビスケットにした。先生も食べるかと思い、ふたつ買うことにした。
 会計を終えて外に出ると、既に先生はいた。
「赤羽くん、よかった、すれ違ったかと思った」
「ごめん、悩みすぎた。半分持つ」
「いいよ。アイス食べなよ」
「ふたつあるから」
 先生は目をまんまるくした。なんだろう。
「僕は勝手に食べちゃったのに、赤羽くんは僕の分まで買ってくれるんだ」
「これからは一緒に食べるように声かけるんだろ」
「うん」
 先生はとても嬉しそうに笑った。
「でも、荷物は持つよ。赤羽くんが食べるやつを、一緒にかじらせてくれないかな」
「わかった」
 その言葉に甘えることにして、俺はアイスの包装を解いた。ひとくちかじると、ラム酒がかなり効いていて、ラムレーズン好きにはたまらない。
「おいひい」
「ちょっとちょうだい」
 先生は俺の手から大きくひとくちかじった。もぐもぐと食べて、「おいしいね」と微笑んだ。
「じゃあ、帰ろう。食べながら」
「ああ」
 先生は信号で止まる度にアイスをねだる。気に入ってくれたようだ。なんだか嬉しい。
 そんな帰り道はふわふわしていた。ビスケットのバターが濃くて、おなかがいっぱいになったように感じる。
「赤羽くん」
「ん」
「気持ちいい?」
「ん」
 あんまり何を訊かれているかわかっていなかった。
「酔ってしまったかな」
「ん?」
「なんでもないよ」
「ん」
「アイス、あと僕に頂戴よ」
「ん」
 先生が俺の持っていたアイスを唇ではさみ、まるっと器用に咥えた。そのままもぐもぐと食べている先生を見て、俺はようやっとアイスをとられたのだとわかった。そこで俺はおいしいものをもっと食べたい気分になってしまって、先生の咥えているアイスにこちら側からかじりつく。先生と唇が触れ、俺は満足してビスケットを咀嚼した。自分がにこにこしている自覚はなかったけれど、先生がくすくすと笑っていたのはわかった。
「朝から僕たち、何やってるんだろうね」
 そんな会話をしていると、寮に着いた。体感時間はとても短かったけれど、先生の手にエコバッグの痕が残っていた。
「赤羽くん、座ってて」
「ん」
 俺はベッドにぐたっと転がった。
 先生は冷蔵庫に買ったものを入れる。そして浅い皿にシチュー味のコーンフレークをさらさらと用意する。
「赤羽くん、食べない?」
「んー……たべる」
 俺はベッドをごろんごろんと転がって、床に横になった。先生が一瞬手を止めたことには気付けなかった。
「床で食べる?」
 先生が俺の分であろう皿に牛乳を注いだ。そして転がっている俺の所へ来る。俺は先生の表情を見なかった。
「今のキヨラはマタタビを与えられた猫みたいだ」
 そして床に皿を置いた。
「僕の猫さんは、ちゃんとごはんを食べられるかな。キヨラ、皿から直接食べてみて。手は使わないで、僕の猫さんになってみて」
「ん」
「あはは、僕の猫さんは無口だね。キヨラ、にゃあ、と鳴きなさい」
「にゃあ」
「うん、いい子だね。食べて」
 俺は言われるまま、床に置かれた皿に盛られた牛乳のかかったフレークに直接口をつけた。牛乳がかかったばかりのそれはさくさくしていて、猫用フードを思わせた。シチューの風味がおいしい。先生が見てくれて、おいしい。
 先生に「キヨラ」と呼ばれると、なんとなく意識がはっきりした。言われていることがわかる。先生は俺に、先生の猫になってほしいのだ、先生は俺に、先生に発情して床を転げまわり身体をくねらせ、甘い声でにゃあにゃあと鳴く猫になってほしいのだ。
 フレークを食べ終わり、ミルクをあらかた飲み終えて先生を見る。先生は楽しそうだ。
「可愛い猫さんだけれど、あまり気に入らなかったかな? 最後まで舐めてくれないのかい」
 俺は皿に意識を戻し、皿に残ったミルクと細かいフレークも舐めとる。先生の手が俺の髪を耳にかけてくれる。
「いっぱい食べてくれたね、僕の猫はお利口な猫さんだなあ」
 先生が屈んで俺と額を合わせる。褒められている。たまらなく幸せになって、俺は手をついて四つに這い、先生の肩に顎を乗せた。
「甘えん坊さんだね」
 よしよし、と先生の手が突きだされていた俺の尻を軽く叩く。びっくりしてうっかり変な声が出た。
「にゃあ、でしょう」
「にゃあ……」
 先生は何度も俺の尻を叩く。俺は先生にしがみついて、にゃあにゃあと鳴き続ける。
「猫さんは、ここが気持ちいいんだよね」
「にゃ、にゃんっ」
「ああ、もっと気持ちよくしようね、キヨラ」
 先生が俺をそっと引き剥がし、本棚の見えにくいところからローションとバイブレーターを持ってくる。あまり太くはないけれど、いぼいぼがついているし、長めだ。
「じゃあ猫さん、ベッドの上においで」
 先生がベッドに座る。
「下、脱いで」
 俺は言われた通りジーンズと下着を脱ぐ。そして先生の腿に頭を乗せて四つん這いになった。
「もっとこっち」
 先生はベッドに俺をあがらせ、先生の腿を俺の腕と膝で横向きに挟み、腹に先生の腿をあてるように言う。
「にゃあっ」
 理由を考える暇もなく、俺はあられもない声を上げさせられた。先生が俺の反り気味の背中にローションをかけたのだ。そのまま背から尻へローションを伸ばして、俺の入口に触れた。マッサージするように何度もローションを伸ばされて、ぞくぞくして身体がぶるりと震える。
「今、もっと気持ちよくするからね」
「にゃあぁ」
 バイブレーターのいぼいぼをひとつひとつ飲み込むたびに入口の形が変わるのがわかる。痛くはないけれど、おかしなものが身体の中に入る感覚がぬぽぬぽと襲ってくる。
 バイブレーターの根元が入口に当たる。
「猫さんは、尻尾が似合うね。全然それ専用のバイブじゃないのに、ちゃんと生えてる」
 バイブレーターがぐねぐねと動き始める。俺は「ふああ」と鳴いてしまい、尻を叩かれ叱られる。俺は猫にならなければならない。
「にゃあぁあ、あぁ、にゃんん、ンン、にゃあ」
「尻尾を振っているみたいだね」
「にゃぁあんん、っは、にゃ、んっん……にゃぁ! にゃん! あ、や、にゃっ」
 先生が俺の尻をきつめに叩いている。さすがに少し痛くて、身体が跳ねた。そのたびに中でうごめく尻尾の根が入っているのがわかるくらいバイブレーターを締め付けてしまう。
「振動は、猫さんは好きなのかな」
 バイブレーターが小刻みに震えはじめる。ぐねぐねしながらなので、中の気持ちいい部分にも振動が伝わる。
「んはああ、にゃ、あぁあん、にゃあっ、んっ、にゃ、あ、あっあ、ひ、うんんっ、あっ」
「猫さん」
 先生が俺を叱るために尻尾のようなバイブレーターの根元を持って掻きまわした。苦しさの中の快感に息を詰める。
「にゃ……にゃあ、あああ!」
 尻尾が抜き差しされると、もうたまらなかった、いぼいぼを引っ張り出され、また飲み込まされ、気持ちが悪いのと気持ちがいいのとが両方伝わる。猫は悲鳴を上げて、身体を支えられなくなり、飼い主の太腿目掛けて射精した。
「ずいぶんすぐだったけれど、ちゃんとイけたかな、キヨラ?」
「ふうう、は、せんせ……」
「可愛い猫さんだったね」
「怒って、ますか」
「なんでだい」
「勝手に、イったから」
 先生は俺の背を撫でた。まだローションが残っていてぬるぬるする。
「いっぱい叩いてごめんね、嫌だったらもうしない。それに怒っているわけじゃないよ」
「よかった」
「赤羽くん、おなかはすいているかい」
「のりたまおにぎりと鮭ごはん」
「そのメニューじゃほんとに猫みたいだね」
「猫の赤羽キヨラは嫌い?」
「まさか。可愛い猫さんだったよ。じゃあ、朝ご飯にしよう。僕はツナマヨごはんにしようかな」
「先生も猫みたい」
「猫同士、じゃれてみる?」
「……今度」
 先生はひとしきり面白がって、俺が汚した先生のボトムを脱いだ。俺は身体をよけてそれを眺める。
 先生みたいな猫なんているはずがない。先生は飼い主がよく似合う。俺は高級な猫になって、先生に飼われていたい。


Copyright(C)2017 Maga Sashita All rights reserved. designed by flower&clover
inserted by FC2 system