寵教師

シークレット・サービス



 僕は赤羽くんよりも早く目が覚めてしまった。今日は赤羽くんが初めて礼拝に出る日だ。礼拝は大学の行事だが決まり事で僕はついていけない。正座をして、手を合わせて、少し話すだけの30分だったが、僕は心配で仕方がない。赤羽くんは僕には懐いているけれど、大学内で愛想がいいほうではない。黒松くんや日比谷くん、柏崎くんとはうまくやっているようだけれど、赤羽くんはそれに満足してしまっている。まずいことなのだ。見ず知らずの不特定多数と30分じっと座っているのは、意外と精神を消耗する。それに、僕が行った調教のようなもののせいで、赤羽キヨラはとても不安定だ。この大学の礼拝は今風に言うとダウナー系の集団パニックでしかない。
 心配に囚われた僕に気付いたのか、赤羽くんが身体を起こした。
「おはよ、アキマサ先生」
「おはよう」
「早起き、珍しいな」
「うん」
「今日は俺は朝ごはんいいや」
「いいも何も、礼拝だから食べたらいけないよ」
「ん? そうだっけか。何時から?」
「遅くなると混むから、早めに行っておいで」
「先生は来ないのか?」
「よくロールプレイングゲームであるだろう、ひとりで行かなければならない最初のほうのボス」
「そのあと何回も出てくるやつね」
「そう」
 この大学の寮はダブルベッドで担任と学生が一緒に眠るようにできている。成長期を終えた精神が、他人に慣れることを覚えるためらしい。まあ、僕たちのように裸で居る必要はない。
「適当に行っておいで。レポートは字数だけ埋めれば点をあげよう。あんまり言われたことを真面目に受け止めすぎないことだ」
「そんなことを言われても俺はもともと不真面目だし、レポートはお情けが常だって先生がいちばんよく知ってるのに」
 そんなことはないんだ、おまえは暗示にかかりやすい、おまえは僕の前で異常なほどの二面性を見せているんだ。僕は歯がゆかったが、赤羽くんに僕が反論したら、ますますリスクは大きくなってしまう。僕が言ったことはすべて覚えてしまう勢いで、赤羽くんは僕に懐いている、いや懐くという域ではない、盲信している。
「そうだったね」
「そうだろ」
 赤羽くんは裸のままベッドから降りて、僕がハンガーに用意した礼拝用の正装をぴらぴらと見た。正装は、僕が初めて赤羽くんを見たときと同じような、至って普通のスーツだ。赤羽くんはあのときのことを思い出してくれるだろうか。
「シャワーを浴びておいで。寂しいから早く終わらせて帰ってきて」
「なんだか今日は心配性だな、先生」
「離れたくないんだ」
 赤羽くんが小さく笑って、困ってしまっている。
「ああ、早く戻るよ」
「そうして」



 礼拝を行います、礼拝を行います。目を閉じて正座をした俺に、そういう肉声が聴こえてくる。思っていたのとは違って、なんとなく緊張しない。正座も、最初は痺れるのが怖かったけれど、思ったほどつらくはなかった。
 そして、目を閉じていてもなんとなく周りの様子がわかる。広い和室だ、四角い畳の部屋で、学生が4人ずつ壁に沿って正座している。その内側に、見知らぬ教員が、学生から見て右端の学生の前にひとりずつ、合計4人正座している。その輪の中で学生と教員、一対一で短い話をするのが、礼拝だ。
 アキマサ先生には目を開けないように言われていた。理由は言われていない、見てはいけない、と言われていた。
 けれど、アキマサ先生は何かを心配していた。なんだろう。
 目を閉じていたけれど、誰かが俺の前に来たのがわかった。俺はお辞儀をする。礼拝が、始まる。
「感謝をしていますか?」
 誰の何に対してだろう。それを読んだように教員が続ける。
「いまあなたにいちばん近いひとは、あなたからもっと支えられたいと思っています」
 離れたくない、そう言ったアキマサ先生の声が、ふっと思い出される。
「求めるばかりになっていませんか? 求めたら、返すときに感謝を添えましょう。また、相手が求めてきたときも、感謝をしましょう。求められることに感謝するのです。ひとは、返してくれると信じた相手にしか求めません。できるところから、感謝をしましょう。感謝をしないひとは、何も求められなくなります。何も求められなくなったひとは、誰にとっても、つまりあなたにいちばん近いひとにも、いてもいなくてもいい存在です。ですから、感謝をしましょう。そして、今まで求めるばかりで返せなかったことを覚えておきましょう。あなたはこれから嫌な経験をします。そのときは、返せなかった分の償いだと考えて、静かに謝りましょう。感謝、謝りを感じるのです」
 俺の前にあった気配が去る。俺は深く礼をして、後ろから来た教員に声をかけられる。お疲れ様です、礼拝を終わります、立てますか。
 俺は立てなかった。誰かに支えられていないと立てなかった。いつから支えられていることを信じ切って立っていたのだろう。



 だから嫌だったんだよ。僕は内心毒とため息を吐いた。
 久しぶりに赤羽くんと普通のセックスを楽しもうと思ったのに、戻ってきた赤羽キヨラは僕の知らない赤羽キヨラだった。お疲れさま、ラパン・ギャルソンのミートパイがあるよ、お昼にしよう、礼拝でなにか酷いことを言われなかったかい。出迎えてそう訊ねるよりも先に、赤羽くんは鍵を閉めるなり泣き出してしまったのだ。ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返している。
「赤羽くん、話はできる?」
 僕は赤羽くんに歩み寄った。赤羽くんは完全にパニックを起こしていた。仏教の霊能のプロに訊けば間違いなく呪いか憑物だと言われるだろう。こんな礼拝という制度があるからこの大学は嫌われているのだ、確かにこの大学に居れば大学の狙いとしているコミュニケーション能力はつく、しかしながらそこにこの集団パニックを持ってくる必要が教師の僕にもわからない。
「赤羽くん」
「先生、ごめんなさい」
「うん、どうしたの」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「赤羽くん。赤羽キヨラくん」
「礼拝で、大事なことに気付きました」
「うん」
「ごめんなさい」
 僕は怖がらせないように、猛獣の檻に入るように赤羽くんに近寄った。赤羽くんは歯を食いしばって俯き、ぼたぼたと涙をこぼしている。
 赤羽くんの広めのパーソナルスペースを侵害しないギリギリの場所で、僕はしゃがんだ。赤羽くんは泣き顔を隠そうともせずただ「ごめんなさい」と繰り返して、まばたきのたびにカーペットが濡れる。
「赤羽くん。こっちに来られる?」
 赤羽くんは嫌がった、そして鼻をすすった。
「鼻をかまないと、耳を壊してしまうよ、僕のところに来なくていいから、ティッシュを使いなさい」
 僕は立ち上がって、部屋の奥に戻った。赤羽くんが6歩ほど遅れてついてきてくれる。僕はティッシュのある低い食器棚が置かれている部屋の隅から対角線上の隅に立ったまま寄りかかった。赤羽くんは再生紙のティッシュで鼻をかんだ。鼻をかむことで呼吸が整い、赤羽くんは久しぶりに肺近辺の赤血球に優しくした。
 僕は何も言わなかった。赤羽くんには思考を休ませることが必要だ。僕がいることを赤羽くんは重々わかったうえで、次の言葉を探してくれている。
「先生、あの」
 赤羽くんが遠慮がちに僕を見た。
「近くに行ったら……ええと……」
「好きなだけ近くまでおいで」
 赤羽くんがゆっくりと、壁を手で伝うようにしながら僕に近寄る。本当にゆっくりだった。けれど確かに赤羽くんは僕のほうへ近寄ってきていて、そして僕に倒れ込むように寄り掛かった。赤羽くんはまだ歯の根が合っていなかった。
「先生、ごめんなさい」
「うん」
「あと、ありがとうございます」
「うん」
「先生、なにか俺に求めていることってありますか?」
「いっぱいあるよ」
「どんなことですか」
「たとえば、僕におまえを抱き締める許可をくれないかな」
「そんな……」
「急すぎるかな」
「……え?」
 身体の震える赤羽くんは、僕の意地悪に反応できない。可愛くもあるが、寂しくもある。
「少し一緒に話してからでどうかな」
「うん……」
「だめ?」
「ううん、話したい」
 赤羽くんの声帯が少し力を取り戻した。
「座る? このままがいい?」
「……先生は?」
「隣に寝転がりたいな。赤羽くんが嫌じゃなければ」
 赤羽くんは少し考えてから、キッと顔をあげた。何かを決意している。
「利府アキマサ先生」
 僕は目を合わせることで続きを求めた。
「俺は、今まで、先生への感謝を伝えていませんでした。ごめんなさい。いつもたくさん求めてくれてありがとうございます、たくさん与えてくれてありがとうございます。何も返せなかった俺は、いてもいなくてもいい存在でしょうか」
 叫びだった。
 赤羽くんの虹彩に据わった目をした僕がいた。赤羽くんは悪くない、赤羽くんの周りが悪い。しかしながら僕には周りをすべて変えてあげる力はないので、少し赤羽くんに頑張ってもらうしかない。ここで『よしよし』をするのは簡単だ、でも、それは甘えだ。『よしよし』で、赤羽くんに成長が見込めるだろうか。これから同じことが起きたときに、ひとりで立ち上がれるようになるだろうか。僕はそうは思わないのだ。
 また、僕は『赤羽キヨラをここまで変わらせてしまったものたち』に自分が含まれていないことが許せなかった。僕は赤羽キヨラに影響を与えることができていなかった。もっと深くまで、赤羽キヨラを侵す必要がある。赤羽キヨラは僕をまっすぐに見つめたままだ。赤羽キヨラ、これから僕が言うことは少しつらいかもしれないけれど、おまえなら乗り越えてくれるから、がんばってみてほしい、じゃないと、僕が赤羽くんにとって、いてもいなくてもいい存在になる。
「不安にさせてしまったね」
 僕が選んだ言葉は、赤羽キヨラのお気に召さなかったようだった。当然だ、問いかけに答えていない。だが、それでいい。
「赤羽キヨラくん」
 目を見開いた赤羽キヨラは身体を固くした。
「僕は、今日は別室に行こう。おまえはここで眠るといい、枕が替わるのはよくない。明日中に、礼拝のレポートを書きなさい。字数は問わない。誰と共著でもいい。何を参照してもいい。赤羽キヨラくんが、そんな風に泣いたり、叫んだりする原因を主なテーマとしなさい。明後日の0時にこの部屋に取りに来る。僕とでも誰とでも連絡が取りたくなったら自由に取っていい。質問はあるかい」
「……いいえ」
「じゃあ、また明後日に」
「はい。また」
 僕は赤羽キヨラの硬直した身体を抱き締め、離れ際に首に軽くキスをした。そして、立ち尽くす赤羽キヨラを残して部屋を出た。追いかけてこない辺り、希望は充分に残っている。



 俺は広すぎるベッドに転がって大声で泣いていた。なぜ先生は、答えてくれなかったのだろう。なぜ先生は、俺を置いていったのだろう。なぜ俺はこんなにも苦しまなければならないのだろう。
 鼻をかむ。かみすぎて鼻の皮膚がざらざらだ。ゴミ箱にティッシュを押し込み、また声を上げようとしたときに、部屋のドアが軋むほどの強さで2度叩かれた。先生だろうか。
 俺は怖々ドアを開けた。
 すると、鬼のような形相の日比谷先輩がいた。
「ちょっと。アミナちゃんが隣がうるさくて眠れないって言ってんだ、いい加減にしろ。何があったか知らねえけれど、アミナちゃんのせいじゃないならきちんと俺におまえの面倒くらい見させろ」
 言われている意味が分からなかった。俺が動けないでいると、日比谷先輩は俺の部屋にずかずかと立ち入り、ベッドに身体を投げ出した。軽く弾み、少し浮いて沈む。
「部長も呼ぼうか?」
 口調は簡素だが優しかった。助けてくれるのだろうか。俺はまた涙が止まらなくなった。それを見た日比谷先輩は携帯電話を15秒操作する。そしてベッドから起き上がり、まだドアノブを握っていた俺を引っ張って、ベッドに放り投げた。何が起きているのかわからず、俺は無抵抗でシルクに身を委ねることになった。
「部長、3分で来るってさ。アミナちゃんも呼ぶか?」
 俺は首を横に振った。ありがたいけれど、この時間に女の子が男の部屋に来てはならない。
「じゃあ、3人でいいな」
 日比谷先輩は俺の転がっているベッドに歩み寄り、俺の顔の真横に来ると、腰を折って口と頬の境目にキスをした。
 そして、またベッドに飛び込む。同じベッドにいると、反動がぼいんぼいんと伝わり、それが何よりも今の俺を安定させる。
 しかしそこでドアがノックされた、先輩は弾みに任せて立ち上がってしまう。俺は一気に不安に駆られて、先輩を見上げた。
「だぁいじょうぶだよ、部長が来ただけ。俺も部長も、赤羽を置いていったりしない。ドア開けるぞ」
 黒松先輩が入ってきた。俺はベッドの上で、正装からワイン色のカットソーと濃い色のジーンズに着替えた服装だった、正装でいるのがつらくて泣きながら着替えたのだ。先輩方はまだ正装だ。
「入るぞ、赤羽」
「ごめんなさい」
「あー、ちゃんと礼拝出ちまったんだな、赤羽。今日の礼拝は酷かったってみーんな言ってるよ、カウンセリング室が満杯だ。感謝の強制、脅し、謝罪の洗脳。ヤのつく自由業だってもうちょっとまともだぁ。もしかして赤羽も、礼拝絡み?」
 日比谷先輩がそう言いながら俺の隣に寝転がる。
「そう、みたいです」
 しばらく何かを考えていた黒松先輩は、ベッドを回り込んで、俺を日比谷先輩と黒松先輩で挟んだ。
「アッアッ部長、俺落ちる」
「だそうだ、もっとくっつけ赤羽」
 黒松先輩の腕が俺の腰に回され、先輩のほうに引き寄せられる。
「部長、抜け駆けよくねースよ」
 日比谷先輩も負けじと、黒松先輩ごと俺を抱き寄せた。
「抜け駆けじゃねえ。おまえには柏崎がいるし俺もさすがにアキちゃんを敵に回したくない」
「ダブルベッドに男3人きちー」
「帰ってもいいんだぞ」
「めっそうもない。こんな赤羽ほっとけって言うんですか」
 俺は泣き疲れてうとうとしていて、会話に加われなかった。
 そして、ふたりの先輩がつんけんしている間に、眠ってしまったようだった。



 そして翌々日0時、僕は赤羽くんの部屋をノックした。出てきたのは黒松くんだった。
「こんばんは。赤羽はまだ寝てます。おとといの夜からずーっと寝てるんです」
「ずーっと?」
「ええ」
 睡眠によって心の整理と傷の治癒を促そうとしているとしたら、精神に負担をかけ過ぎたかもしれない。赤羽キヨラを壊れないよう壊れないよう、と教育してきたが、今回の礼拝では、感謝をしなければ見捨てられる、という強迫観念を植え付けられた学生が多かったようだった。そのひとりの赤羽キヨラに、僕は『見捨てられてしまった』と認識されても仕方ないことを言ったのだから、飲み合わせは最悪だ。僕は心配になったし、より自覚した愛情と後悔が混ざり合って、手をきつく握った。
「入っても?」
「キスでもしたら起きるんですかね。起こしてください、俺達も飯も断って常に見てるんですけれど起きないんですから」
「それは申し訳なかった」
 黒松くんが部屋に入れてくれる。日比谷くんが見守る中、ベッドの上で赤羽くんが死んだように静かに眠っていた。
「アキちゃん」
 日比谷くんが憎々しげに僕を睨む。
「アキちゃんが教職免許持ってなかったら、殴ってますからね」
「うん」
 黒松くんも日比谷くんも、詮索をしなかった。
 僕は屈んで赤羽くんの肩を揺すり、赤羽くん、と声をかけた。当然、起きなかった。眠ったふりでもなさそうだ。
 しかし、赤羽くんの睫が濡れる。それはこめかみを伝って、涙となった。
「赤羽キヨラくん。僕だよ、利府アキマサだ。君の先生だよ」
 涙は途切れない。それでも赤羽くんは目を覚まさない。けれどその涙は赤羽くんの訴えのように思われた。先生、起こしてください、酷い夢を見ているんです。
 ぱん! と、僕は両手で音を鳴らした。催眠を解く簡単な方法だ。突然の大きな音に、日比谷くんは飛び跳ねて縮こまったし、黒松くんは尻餅をついた。
 そして、赤羽くんはというと、目を開いて肩で息をしている。成功だ。
「先生」
「赤羽くん」
 僕は赤羽くんを抱き締めようと、赤羽くんの肩に触れた。すると、赤羽くんは痛みを訴えて苦しがった。先生、先生が触るところが痛いよ、先生に抱きしめて欲しいのに。頬も手のひらも腿も試したが、どこも僕が触れると痛いらしい。まだ精神の傷口が僕を受け付けない。
 僕はひとつ策を思いついた。礼拝で赤羽キヨラが曲がってしまったのなら、礼拝で戻せばいい。僕も礼拝を行おうと思えば行える、仕組みも大体は知っているし、赤羽キヨラをここまで脆弱にしたのは僕で、それはつまり赤羽キヨラをまた強い存在に戻すこともできるということだ。そこで、黒松くんと日比谷くんに協力を求めた。
「赤羽くんと僕で、もういちど礼拝を行う。赤羽くん、僕は着替えて準備をしてくる。だから、2時の少し前からこのベッドの上に正座をして、ひとりで、待っていなさい。黒松くん、日比谷くん、僕も正装をするから、赤羽くんをもういちど礼拝の状態に整えてほしい。赤羽くんが準備の途中で倒れたり吐いたりしないように、ついていてくれないか。ただ、2時前には部屋から離れてほしい。お願いできるかな」
「わかった」
 最初の返事は赤羽くんだった。続いて、黒松くんと日比谷くんが同着で同じ返事をする。はい、わかりました。
 僕は空きの部屋まで行ってシャワーを浴び、正装に着替えた。1時48分だった。
 そして2時1分に赤羽くんの部屋につく。そっとドアを開けると、赤羽くんはひとりでベッドの上で目を閉じ正座をしていた。僕が赤羽くんの向かいに正座をするとスプリングが軋んだ。赤羽くんが目を閉じたまま礼をする。そのまま僕の言葉を待つ。
「つらいことがありましたね」
 思った通り、赤羽くんはすぐに声を漏らさず泣き出した。赤羽くんはこうやって状況を整えるだけで、精神が飛んでしまうのだ。
「わたしが今からあなたの背を3度叩きます。あなたのつらい思いはそれで出ていきます。3度叩いたら大声を出したくなります。そのときは大声を出してください。それがあなたが自由になった証拠です。ただし、わたしが良いというまで目は開けないでください。それで礼拝は終わりです。わかりましたか」
 赤羽くんは頷いた。僕は赤羽くんの横に回り、背中を、強めに手のひらで、とん、と叩く。2度目はもう少し強く叩く。最後はそっと手のひらを押し当てた。そしてそのまま抱き締めた。赤羽くんが大きな声で泣きだした。僕は言う、赤羽くん、目を開けて。
「アキマサ先生」
「痛くないかい」
「ああ、大丈夫」
 赤羽くんのほうからも僕に抱きついてくる。泣きはらした目で、可愛らしかった二重は腫れて一重になってしまっていたし、声も喉に引っかかって少し濁っていた。それでも僕の大切な赤羽キヨラがいた。
「赤羽くん」
 僕は抱きついてくる赤羽くんごとベッドに転がる。
「赤羽くん、もういちど目を閉じて。僕を見ないで。ねえ赤羽くん、これから抱いてもいいかな」
「抱いてください、先生、目は閉じるから、抱いてください」
 僕は赤羽くんの正装の上着のボタンを外し、そっと背中のほうへ引っ張り脱がせた。シャツのボタンも全部外して、僕は赤羽くんにキスを仕掛けた。キスの間に自分の正装のボタンも外す。外し終えたら脱いで脱がせて、赤羽くんの温かさを感じるために身体を密着させる。赤羽くんのお尻をそっと撫でる。赤羽くんは膝を曲げて僕の脚の間を刺激した。赤羽くんの胸のしこりが僕の肌に押し潰されて、赤羽くんはキスで塞がった発声器官で一生懸命に声を上げた。赤羽くんは言いつけどおりに目を閉じたままでいる。
「赤羽くん、覚えてるかな」
「ん、なに?」
「初めて会ったコンクールのときも、スーツだったね」
 そうだったな、よく覚えてるな。赤羽くんが笑う。
「あのときから、赤羽くんとセックスがしたかった」
 赤羽くんの身体が僕により強く押し付けられる。ボトムを脱がせると、きちんと興奮してくれていた。そっと触れて、訊く。つらい?
 赤羽くんは答える。大丈夫、先生にきちんと入れてもらったら、イく。
 僕ももう大丈夫だった。でも、今日はできるだけ痛くないように気持ちよくしてあげたかった。いちど僕自身をこすり付け、糸を引いた僕の蜜で指を入れた。赤羽くんは肩を震わせて快楽を待っていた。2本指で大きめにゆっくり掻きまわすと、よかったようで甘い声が上がる。
 広げるように刺激していくと、赤羽くんは言った。もう大丈夫だから、入れてください、先生が欲しくてたまらないんだ。
 僕は言う。がんばればもう入るとは思うけれど、腰を使ったらだめだよ、ゆっくり入れるから、ゆっくり待っていなさい、じゃあ、入れるからね。
 赤羽くんは挿入の瞬間の押し広げられる感覚に、少し痛がるような声を出した。痛い? 訊くと、早く入れてしまってほしい、と言う。僕は赤羽くんが痛くないよう、角度を調節しながら、少しずつ圧していく。そして最も太い箇所を飲み込ませると、赤羽くんが、嫌、と言った気がした。
「嫌?」
「ん、嫌じゃなくて、痛い、って言おうとしたら、入ったから」
「入ったから、喘いでしまった、と」
「喘がないほうが好きだったっけ?」
「喘いでもらいたいなあ、演技でなければ」
「アミナには謝っておくから、喘ぐほど激しく、してほしい」
 僕は承知の証に突き上げる。赤羽くんは本当にずっと目を閉じてくれている。ありがたい。
 なぜなら僕は、涙が止まらなかったからだ。赤羽くんが愛しくてたまらない、けれど赤羽くんにもっと愛されたいと思うその想いが赤羽くんを傷つけてしまったのは確かだった、なのにこうやって僕を受け入れ、こんなにも僕たちの関係を大切にしてくれている赤羽キヨラ、本当はもう調教など必要ないのだろう、だから今日は、できるだけ優しく抱こう。
「ん、せんせ、奥のほう、いつもやるみたいにして」
「こんな、感じ?」
「ぁんん、そ、それ好き、だから」
 赤羽くんのほうからねだってくれるのも久しぶりだった。赤羽くんは繋がっている感覚を求めるためだろうか、奥を突かれるのを好む。こうやって掻きまわすと、ほら、気持ちよさそうに鳴く。
 ゆっくりと動く。赤羽くんは焦れたようにねだる声をあげる。その声に誘われるままに、僕の律動は激しくなっていく。
「せんせ、先生、きもちい、い、ぁあん、気持ちいい」
「うん、僕も、気持ちいい」
 まだ達するまでいかないだろう、追い上げず、過程を楽しむ。
 赤羽くんの温かい愛しさに包まれて、僕はやっと赤羽くんが赤羽くんに戻ってくれた実感を得た。よかった。安心してまた涙が溢れた。僕は涙をすくって、赤羽くんの興奮した胸の頂に塗り込む。立ち上がった頂は濡れた指に押し潰され、それでも諦めずに快楽を求めて固くなる。
「んっ、あ、先生っ、なんか、むずむず、する」
「舐めてもいい?」
「いい、けれど」
 僕は身体を折って、左胸を歯で控えめに噛んで先を舌でくすぐる。
「んンンっ!」
 中が締まり、赤羽くんの背が反って震えた。
 煽られた僕は、胸は親指で刺激することにして、僕は再び熱を動かし始める。赤羽くんがのたうつように身体をびくつかせる。
「あぁあん、先生、せんせ、んん、苦しっ……」
「苦しい? どんな感じ?」
「じんわり、する……」
「気持ちよくは、ない?」
「いい、けれど、ん、もっと、激しいのが、いい」
「そっか」
 僕は赤羽くんをきつく抱き込んで、腰を打ちつける速度を上げた。赤羽くんは満足そうに高い声で喜んだ。
「んっ、あっ、あぅ、うっんんぁ」
 赤羽くんの呼吸が荒くなっていく。僕は赤羽くんを抱き締めて、顔が見えないようにして、言う。赤羽くん、目を開けていいよ。
「は、あっ、せん、せ……」
「ごめんね」
「う、ふうっ、なん、で」
「可哀想な思いを、させた」
「ん、いい、いいから、いっかい、イく……」
 僕は片手を赤羽くんに絡め、緩く扱いた。嬌声が僕の欲望に反響する。
「赤羽くん、僕も、イっても、いい?」
 絶頂が冷めやらず、赤羽くんは声帯振動を伴う荒い呼吸をしながら頷いてくれた。
「ンっ、あか、ばねくん……」
 最後の悪あがきで赤羽くんの弱いところ目掛けて吐き出した。赤羽くんはそれもわかってくれたようで、余計に身体を痙攣させた。
「ああんっ、あ、はあ、ん、せんせ、ごめ、もう無理……」
「おしまいに、しようか」
「うん、ごめん」
「謝るのは、僕だよ」
 僕は赤羽くんから退いて、抱き締める腕の力をより強くした。
「ごめんね、赤羽くん」
「さっきから、どうしたんだ、なんで謝るんだ」
「赤羽くんに、ひどいことをしてしまった」
「今更だろ」
 赤羽くんも僕の背に回した腕に力を入れた。
「先生のそういうところも、俺は好きなんだけれど」
「許してしまうのかい」
「俺も、謝らないといけないから。レポート、終わらなかった。さっき先輩が、俺はずっと寝てたって言ってた」
「そんなの、気にしないでいいよ」
 僕の目は更に涙を多く分泌する。
「先生、泣いてる?」
「うん」
「なんで」
「後悔してる。赤羽くんが礼拝から帰ってきて、僕は怖かったんだと思う。赤羽くんが壊れてしまったら、と思うと、あまりに怖かった。赤羽くんが好きで好きでたまらなくて、失いたくないのに、赤羽くんが変わってしまった気がして」
「俺だって怖かったよ、先生に置いていかれて」
「そうだよね、ごめんね」
「先生、考えすぎだ、置いていかれたのは怖かったけれど、謝られたら、余程でなければ許すのが恋人ってものだろ。あと、思い出したけれど、先生はちゃんと言ってたんだ、礼拝で言われたことを真に受けるなって。その約束を守れなかったから、俺も後悔してる」
 僕たちは自然な流れでキスをする。
「礼拝、嫌だなあ」
「俺だって嫌だよ。でも先生とするふたりきりの秘密の礼拝は、悪くなかった」
 そう言って笑いあう。次の礼拝でもし何かがあっても、またこうやって笑い合えるように、僕は『よしよし』を覚えようと思う。その場しのぎで全然問題ないくらい、僕たちは強くつながっている。


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