寵教師

シマシマキヨラ



 赤羽キヨラという学生のボトムについて思うところがある。
 この大学の制度上では担任として、僕は彼を可愛がってきた。
 それに加え、もう大抵の破廉恥は試してある。
 だから別にボトムなど今更どうという問題でもないとも考えられる。
 それでも僕は気になるのだ。
「赤羽くん、痩せた?」
「部屋着のこと? 洗濯したら伸びた」
 部屋着とは言ったものの、割ときちんとしたボトムを履いている。
 きちんとしているので、ベルトもしている。
 更に、赤羽くんは半分ケツを出して歩くようなタイプではない。
 問題点は、赤羽くんに最も近い僕にしかわからないだろう。
 それをまとめるために、これを記している。
「ベルト、きついんじゃないかな?」
「下がってくるんだよ」
「だって、肌がシマシマになってしまっているよ」
「下がるのとシマシマと、どっちが危険かって言ったら下がるほうだろ」
「いや、シマシマだ」
 赤羽くんが辞書をめくる手が止まる。
 彼は一生懸命に僕の出した課題のレポートを書いているところだった。
「……先生、シマシマの何がいけないって?」
「淫猥だ」
「なぜ」
「肌が何らかの刺激に反応するという現象はいやらしさを伴うため」
「どのようにそれが問題なのか」
「風紀の乱れを助長する」
「誰がその問題を助長するのか」
「赤羽くんが」
「どこで」
「赤羽くんと僕の寮で」
「いつ」
「赤羽くんと僕がそういう気分になったとき」
「それがいつも通りだって気付かなかった?」
 僕は少し考えた。
 5つのダブリューと1つのエイチは、赤羽くんが使い切った。
「おさらいをしよう、赤羽くん」
「はい」
 赤羽くんはレポートから逃れるいい口実を見つけて楽しそうだ。
「いつも通りだから問題ないというのが、赤羽くんの主張だね?」
「そう」
「赤羽くんのいつも通りの基準を訊いてもいいかな」
「先生がレポートを邪魔してくるときはしばしばエクスタシーを伴う」
「僕も同じ考えだよ。そこから派生する問題が食い違っているだけだね」
「先生はなんでシマシマのほうが問題だと思ったんだ」
 その説明には時間を要する。
 そう前置きして、僕は赤羽くんに真っ直ぐに向き合い、咳ばらいをした。
「赤羽くんは、感じやすいほうだ」
「まあ」
「それに、開発も条件付けもすぐに受け入れる」
「それはあとで意義を申し立てる。そして?」
「したがって、僕がこのまま『いつも通り』に赤羽くんと接すると、」
 部屋着に着替える度にエクスタシーを伴うかもしれないんだよ。
「とても危険だ。柏崎くんや日比谷くん、黒松くんも遊びに来るだろう」
 赤羽くんは僕のこの微細でいて重大な懸念を判ってくれただろうか。
 試験中のような沈黙があった。
 先にまとめに入ったのは赤羽くんのほうだった。
「要するに」
 先生は、いま、俺のシマシマを見て興奮しているんだ?
「もちろんその通りだよ。痕が残るというのはどうにも性的だ」
「それで、どうすれば解決すると、先生は考えているの」
「そこがわからない。問題の規模がどこまでなのか見当がつかないんだ」
「どこまでの範囲を危険視しているの」
「ジャパニーズがいけるのであれば老若男女問わない」
 なにせ僕は赤羽くんに出会うまでヘテロセクシャルだった。
「俺の考えだと、部屋着を買い換えれば先生の懸念は解消される」
「その通りだね。でも、赤羽くんにはそれができない」
「そう。そのジレンマは、どうしたら解消されるんだろう」
 思うところは一緒だったらしい。
 赤羽くんの部屋着は、僕がプレゼントしたものだ。
 それを名残惜しく思ってくれているのだ。
 冥利に尽きる。
「……もういっかい、僕が買ってこようか?」
「俺も見たい」
「じゃあ一緒に」
「どうにせよそうなったらこの部屋着は部屋着ではなくなってしまう」
「それは、仕方ないんじゃないかな」
 赤羽くんは幼い子供のように、着ているネイビーを撫でた。
 大切にしてくれているのだ。
 嬉しいけれど、貞操のほうをもっと大切にしてほしい。
「もうひとつの解消法は、俺が太ること」
「健康によくない」
「……俺がベルトを外して半ケツで過ごすこと」
「一見解消されたように見えて逆効果」
「あとは……なんだろう」
「なんだろう」
 僕も赤羽くんも、黙らざるを得なくなった。
「……そもそも、前提として」
 赤羽くんが先に口を開いた。
「そこまで危険視するほどのものなのか、というところ」
「……そうかい。赤羽くんの考える作用域はどこまでかな」
「俺の思いつく脅威は先生だけなんだけれど」
「なんだって」
 赤羽くんも僕も至って真剣だ。
「ベルトの痕のシマシマに興奮する話は初めて聞くよ」
「じゃあ類似した根拠を挙げよう」
「うん。たとえば」
「ブラ紐」
「ああー……」
 赤羽くんは頭を抱えた。
 ようやっと危険に気付いてくれたか。
「確かにあれは……」
「わかってくれたかな」
「うん……」
 もういちど、赤羽くんが整理をした。
「いま挙がっているいちばん有力な解消法は、買い換え」
「そうだね」
「うんんんん」
 困り切った声が、赤羽くんの喉から絞り出される。
「……先生」
「うん?」
「買い換える」
「うん。一緒に選ぼうよ」
「うんんん、待って、待って」
「どうかしたかい」
「思い出を作りたい」
「案としては」
「最後に、いっかい」
「いいね」
「先生さ」
 赤羽くんは頭を抱えたまま言う。
「ベルトにかこつけて俺としたかったわけではない?」
「全くなかったとは言い切れない」
「そんなこと言われたら俺が意識してしまうって考えなかった?」
「まあ、それは考えたね」
 何やら唸っている赤羽キヨラに、言ってみる。
「顔見せて、キヨラ」
「先生……」
 行為をほのめかして、名前で呼ぶ、それだけだ。
 それだけでこんなにも興奮してしまうキヨラに、僕のほうも煽られる。
「さっきの異議を、受け付けようか」
「異議……」
「キヨラは、開発と条件付けは、効きにくいほうかい?」
「効きにくいほうです」
 キヨラはもう虚勢を張れるほどの理性は残っていない。
 それでもそう言い切るものだから、訊いてみる。
「僕にそんな身体にされたのに?」
「それは、やったのが先生だからです」
 ほう、可愛いことを言ってくれる。
「たとえば、部長は、キス魔です」
「そうらしいね」
「でも、俺は部長と、こんなことをしたこと、ありません」
「それはよかった」
「だから、そういうのには強いほうです」
「僕とほかのひとと、なにが違うんだろうね」
「シマシマを真剣に見てくれるかどうか、かもしれません」


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