寵教師

性感帯リスト



 赤羽キヨラの弾くエチュードを、右横の椅子から観察している。短く激しい曲だ、赤羽くんは2分40秒で弾き終えてしまった。
「アキマサ先生……?」
「……ああ、ごめん」
 見入っていた僕は、訝しげな声を浴びてやっと思考を再開できた。
「最後の2小節をもういちど弾いてみてくれるかい」
「はい」
 乱暴の一歩手前、丁寧の二歩手前の音が四回鳴るが、なによりも素晴らしいのはその音を奏でる手首だ。外を雪が踊る季節、厚手のセーターは打鍵の邪魔にならない位置までまくり上げられている。露わにされた手首は、和音を奏でるためにあるようなフォームだった。色欲を煽るほどに強かで頑丈、入る力を最小限に、けれどたわむことなく体重を白鍵に送り込む。
 素晴らしいね。僕は素直な感想が口から出たことにしばらく気付かなかった。赤羽くんが、ありがとう、と応えた。
「ごめん、もういっかい」
 僕は立ち上がり、赤羽くんの右手首を邪魔にならないようにできるだけ軽く握る。
「このまま?」
「うん」
 オクターブを押さえる形に腱が動く。想いを寄せる相手が自分のもとで反応することほどそそられるものもない、性的興奮の第一歩だ。音が鳴る。そこに関節があると思わせないほど訓練された手首だった。そしてその手首が曲の終わりを示すために持ち上げられ力が抜ける、その瞬間の官能を、赤羽くんは理解できるだろうか。
 赤羽くんが怪訝そうに僕を見上げた。赤羽くんはピアノとセックスを結びつけるような子ではない。とりあえず、せめて横の椅子まで移動してもらおう。
「赤羽くん、いっかい代わって」
「うん」
 手首から僕が手を離すと、赤羽くんは右隣の椅子に腰かけ直す。僕はピアノの椅子に腰かける。そして赤羽くんの左手首を見つめる。腿の上で自然な向きをしている何の変哲もないただの関節だ。けれどその関節は、和音を奏でるとき魔法がかかる。その魔法を、僕の力で引き出せないものか。
「少し左手を貸して」
「うん」
 指導されると思っているのだろう、鍵盤の右側、高音のほうに左手を乗せた。ピアノを愛している手つきだった。鍵盤に指を立てて優しく触れる、表向きは至ってソフトだけれどあなたのコントロールは任せてほしいとピアノに乞うのだ、その後鍵盤を寵愛するもよし、凌辱するもよし、その信頼関係の中で曲は紡がれる。
 素晴らしいね。僕は先程と同じことを言ったようだった。不安そうに赤羽くんが問う、先生、具合悪いのか?
 赤羽くん、ここじゃ嫌だよね。僕は彼の左手首を見つめながら言った。あまりの感動に自分が遠く感じられる。この手首に惚れこんで、僕はあの日、この子に賞を与えたのだ。
「嫌じゃない。いいピアノだと思う。ホールで弾けないのは仕方ないし」
「そうだ、ホールへ行こう」
「え?」
 どこかのキャッチコピーみたいになってしまった。そして実際に赤羽くんを連れてホールへ来た。よかった、ピアノはない、誰もいない、これで本望に専念できる。
「先生?」
「こっち。審査員席は、ここだね。僕はここから赤羽くんを見た。近視気味の僕でさえ判ったのが、おまえの手首だったんだよ、キヨラ」
 ファーストネームで呼んでやると、暗いホール内、ただでさえ拡がっていたキヨラの瞳孔が大きくなる。潤んで、蕩ける。彼がキヨラと呼ばれると反応してしまうのは、僕が仕込んだスイッチのようなものだ、キヨラの息が荒くなる。
「ここが僕の席だった。キヨラ、座って」
 キヨラは従った。
「キヨラ、僕がどう思っていたか、感じられるかい。こんなに離れた所から、僕はおまえが欲しいと切望していた。そしておまえは僕の元へ来た。ねえキヨラ、おまえはピアノを扱うことも確かに上手だ。けれど、僕を扱うことまで確かに上手だ」
 僕はキヨラのセーターの襟から手を入れた。中に着ているニットの感触が指に伝わる。
 ふっと僕は息を詰めた。キヨラが僕の膨張した股間にそっと触れていた。欲しいのはお互い様だというわけだ。
「していい、ってことかな?」
 わざわざ僕が問うと、キヨラはキスをねだりに顔を近付ける。僕はわざと応えない。焦れたキヨラが、とうとう眉を寄せて言う。先生、したい。
「うん、僕もしたい」
 笑ってやる。そして顔を寄せ、やっとキヨラと舌を探り合う。ニットの上から撫でているとすぐに胸の粒は硬くなった。キヨラが鼻と口とを両方使った声を出した。
 座っているキヨラの上に跨る。僕は入れる側なので、この体勢は初めてだ。キヨラが戸惑う。
「キヨラが感じてるところ、たくさん見せて。椅子は汚さないようにしてあげるから」
 僕が自分のジッパーを下ろすと、キヨラもベルトを外して脈打つ欲求を露わにした。
「掴まってていいよ」
 キヨラの左手を僕のジャケットに、右手は僕の口元に持っていく。キヨラの左手はジャケットを握るが、右手の行き場がない。僕が掴んだその形のままで惑っている。キヨラのニットの上を這っていた僕の手は、キヨラの背に回す。
「ひ」
 キヨラの右手首の内側を舐める。指がひくひくと動いた。僕の下の腰も動こうとするが、体重がかかっているため動かない。
「せ、んせ」
「今日は何回もはイかせてあげられないよ、椅子が汚れてしまうから。キヨラが汚いんじゃなくて、時間が経つと体液は跡になるからね」
「は、い」
 キヨラは物欲しそうに、自分と僕の根が触れ合っているのを見た。
「入れることも、してあげられないかもしれない」
「ん……ふああ」
 落胆したキヨラを元気付けようと、僕は腰を揺する。キヨラと擦れて、僕もキヨラも気持ちがいい。
 僕は腰を揺すりながら、キヨラの手首を舐める。脈の辺りを舐めていると、吸血鬼にでもなったみたいだ、キヨラの速い鼓動が舌で感じられる。僕が食いちぎれば、簡単にキヨラを喰い殺せる。キヨラはそれを許すように、全く嫌がらず素直な反応のみを伝える。
「あっ、う、あ、あ」
 キヨラの声が短く荒くなる。絶頂が近い証拠だ。僕は腰の動きを止めて、ただ手首を舐め続けた。
「うんん、う、ん」
 キヨラがもどかしがって腰に力を入れるが、微動だにしない。しかしながらどんなにもどかしくても、言いつけ通りジャケットにつかまり続ける左手が律儀で愛らしい。
 音は立てない。ただキヨラの手首を舌で舐める。キヨラが時折びくんと反応するのは、条件付けがうまくいってきている証拠だ。
「んっ、んん」
 キヨラが左手首をジャケットに擦り付け始める。手首と快楽が結びついてきているのだ。この条件づけは成功するだろう。
 僕が尻ポケットからティッシュを引っ張り出す間も、キヨラは手首に刺激を欲しがった。ジャケット、髪、襟、さまざまなところで手首への感覚を求めて快楽に変換している。
「んん、ん、んん」
 明らかに興奮で濡れた声がキヨラの鼻腔から聞こえる。再び口付ける間でさえ、キヨラはジャケットと髪にそれぞれ手首を押し付け、動かしていた。
 そろそろ面白いものが見られそうだ。キヨラの両手首をつかんで、刺激を断つ。
「ん、あ……」
 キヨラは目に見えて動揺した。何事かと目を薄く開き、涙目で僕を見た。
 手首でイかせるのが僕の目的でもあったが、もう少し楽しみたい。キヨラが刺激を求める間も、そのまま動かない。
「先生……」
 僕は応えない。代わりに、キヨラの現状を言葉にしてやる。おまえは、手首でもイけるのかい、キヨラ。
 途端に恥ずかしくなったようで、キヨラが手を引こうとする。もちろん僕は許さない。
「先生、もう、イかせて……」
「イきたい?」
 キヨラは僕との間でこすれ合う欲望が震えるほど恥じらい、はい、と頷いた。
 手を離す。キヨラが僕にすがりつく。キスを求められたので与える。どんなにキスを繰り返しても、キヨラは達せなかった。切ない声のトーンが上がっていくだけだ。
「先生、手首……」
「うん? 手首?」
 彼自身のその問いの異常さに気付けないまま、キヨラは何度も頷いた。
「手首、舐めて、ください」
「手首なんて、どうして?」
 これのほうが気持ちよくない?と、僕は腰を揺すった。根と根が擦れて、キヨラが首をよじる。
「ふうぅっあ、あ、ちが、もっと、もっと気持ちいいの、先生、せんせえ……」
 見事なまでの染まりようだった。満足した僕はティッシュでキヨラを覆ってやり、残りの手でキヨラの左手首を持った。お望み通り、くすぐるように舐め始める。
「んっは、ああっ、んっんっあっ……」
 小気味の良い乱れようだ。僕の言うことを聞いてくれたお礼に、手首に歯を立てる。皮膚に犬歯が触れる程度だ。
「うぁ、はあぁん! んん、んうぁああ!」
 キヨラはティッシュで覆われたそこから粘つく雫を溢れさせた。扱かずとも、手首を舐めているだけで残らず絞り出される。
「はっ、ふっ、っはあ、ぁく」
 息を整えるキヨラを抱きとめ、尋ねる。キヨラ、僕もイきたいから手を貸して。
 キヨラはただ頷いた。お言葉に甘えて、僕はキヨラの手首を借りた。両の手首で挟んで扱けば、興奮した僕の身体も簡単に解放される。きちんとティッシュを挟ませておいたので、片付けも手間取らない。ただ息を整えるだけだ。
 僕は言った。赤羽くんの手首は魔法がかかっているね。
 赤羽くんが僕の首にしがみついて言う。もう少し、したい。
 フィストはつらいかもよ? そんな風にからかってみたけれど、まだ手首をそわそわさせている赤羽くんがあまりに可愛い。僕は第二ラウンドを考える。アブノーマルのあとは、ノーマルを楽しむのも一興だ。ただ、ホールで普通のセックスをするのは、あまりノーマルとは言えなさそうだ。部屋に戻ろう。
 身体の火照りを訴えてなかなか立ち上がらない赤羽くんをなんとか説得して、僕たちはホールを出た。

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