ツガイメギツネ

昔のあれこれ



 月のない夜、ナナミヤの墓守にご一緒させてもらっている。
 ナナミヤは墓守小屋の冷蔵庫から妖酒をふたりぶん出し、僕に「まあ飲めや、今回もいい味だぞ」と渡してくれた。
 いつも本能的においしいと感じる酒だ。墓に眠るみんなと、お参りに来るみんなの柔らかで安らかな思いの味だ。
「俺ぁなあ」
 珍しくナナミヤが話し始めた。この妖酒を飲むと息が白くなる。その現象は、この墓地に歓迎されているときにのみ、起こる。ミダやメメキも、先人たちも、僕たちがここにいることを咎めていない証拠だった。
「昔は夢があったよ。ひとのために俺ができるのは、体力勝負の水兵くらいだったように思えた。いま思えばもっといろいろなことが、あの頃にはできた気がする。でも当時は必死に水兵になろうと学校に通ったもんだ」
 ナナミヤは酒の瓶を傾ける。しずくが一滴落ちるくらいだったので、冷蔵庫を開けてもうひと瓶持って来がてら、続きを話した。
「19のときにやっと水兵になった。水兵になっていろんなものを見た。ツガイメギツネの密猟がそのひとつだ。俺は何もできなかった。憤ることしかできずに、目の前で弱っていく、片割れを亡くしたツガイメギツネ、あるいはつがいで自決するツガイメギツネたちを見てきた」
 ナナミヤが僕にも酒を注いでくれる。ナナミヤは勢いよく、ぐびりと酒を飲み込んで、続ける。
「それでも、もっと強くなりたくて海賊になった。相変わらず俺は何にもできなかった。時間ばかりが過ぎて行って、30の時、海賊であることもやめた。以降、罪滅ぼしのように講師をしている。俺にゃ懸賞金のひとつやふたつかかってんのかもしれねぇが、今の居場所とかその辺はたぶん、水兵時代のよしみがうやむやにしてくれてんだろうさ」
 ちびちびと酒を口に運びながら聞いていた。ナナミヤが3杯目をくれる。お互い、ずいぶんとピッチが速い。
「僕もね」
 酔ってきていた僕は口を開いた。思えば、ナナミヤは僕のこれを待っていてくれたように思う。
「サミミレ地区にいたころに、ガレナというキツネが居まして」
 ナナミヤがむっと眉を寄せた。
「そんな名前のテロリストが居たな」
「そうなんです。もしガレナが生きていたら今頃22歳、さすがに寿命のはずなので、昨今のガレナが起こしている事件は、関連はあるかどうか」
 ナナミヤはもう一杯酒を飲んだ。僕に促す。それで。
「白いキツネでした。ガレナはつがいを誤って事故にあわせてしまい、幸い命に別状はなかったのですが、以降ガレナは悪いことにのめりこんで行ってしまって。いろんなことをしたみたいです、わかっているだけでも」
 僕はふうと息を吐いた。真っ白い息がもくもくと上がっていく。
「そのガレナかはわからねえが、海で出たって話もあったな。3年は前だ」
「外国で、寿命を迎えたんですかね。僕はいまだに、何が悪かったのか、ガレナはどういう思いだったのか、想像もつきませんで、想像することも失礼な気がして」
 突然、わっ、と、僕は盃から手を放してしまい、空の盃が机に転がった。目の前に広がった青い炎に驚いたのだ。
「おうミダ、また来たのか」
「こっちの台詞です。墓地は宴会場じゃないのよ」
 なんだかミダも疲れていた。今日は月が見えない。雲はない。新月だ。
「ねえ、口をはさんでもいいかしら」
「そこまで挟んだんなら最後まで挟んでいけよ」
「それもそうね」
 ナナミヤとミダの応酬があり、一瞬の沈黙があった。
「ガレナは、まだ眠っていないわ。わたしが広い広いサミミレ地区でニィネのために駆けずり回っていたころ、いっぱいうわさを聞いた。真っ白い毛並みを見たことだってある。ニィネもガレナの話はよくしていた。ガレナの話をするのがトレンドだったころだってある。そのころから、ガレナは隠れて何かをするキツネではなかった。いつも、周りのみんなを巻き込んで、大きなことをするキツネだった」
「そんな節は、あったかもしれませんなあ」
「あったのよ。それで、今だって隠れてなんかいない。ねえ保護官、ガレナがどこにいるか、知っているんでしょう。亡霊は墓地で仲間とつるんでいなければ、とっても孤独なものよ。特にガレナは、あんなことをするくらいだから、寂しがりでしょう。眠れないのはとてもとてもつらい。ガレナを眠らせてあげて」
「それがですねぇ」
 僕にはわからないのだ。ガレナは確かに隠れていないのかもしれない。ただ、だからと言って居場所がわかるわけではない。迷子が見つからないのと同じことだ。
 僕は、いまだにガレナから逃げているのかもしれない。
「月が見えないと、ここは暗いね」
 いつの間にか、メメキまでここを訪れていた。
 メメキを見ると、ガレナが重なる。
 僕が救えなかったキツネたちだ。
 ただし、重なって見えても、その実は全く異なる。
 自分の不幸と誰かと同じものだと見なされることほど、頭に来ることはない。
 だから、僕はメメキの目を見られないでいた。
 余程酔ったようだ。僕は子供のように、みんなの前で、えんえんと泣いた。


Copyright(C)2017 Maga Sashita All rights reserved. designed by flower&clover
inserted by FC2 system