ツガイメギツネ

学級会のぐうぐう



 今日は、学級会だ。
 これからの食堂のメニューに関して、話し合いをするらしい。
 学級会の教室に入ると、涼やかな初夏の風が窓際のカーテンを揺らしている。窓際で机に突っ伏し、眠っているのは、金髪に赤い三つ編み、ミリレンヌだ。
「前の教室で見ないと思ったら!」
 みんなと一緒に教室移動していたロシリンダがぷんすかと鼻を鳴らし、ミリレンヌに声をかけようと、窓際に行こうとする。しかし、チリルがそれをとめた。僕に名案がある、だそうだ。
「名案?」
 りりりんがきょとんとしている。ただ、楽しい試みであることを期待している様子だ。
「みんな、僕の案を聞いてくれるかい」
「聞きましょう」
 コタビが優雅に言った。誰も異論はない。
「ミリレンヌは今、おねんね中だ。だから、並大抵のことじゃ起きない」
 みんな、固唾をのんで続きを待った。
「だから、ミリレンヌの耳元で、食堂のメニュー案を言う。それで起きたら、それは睡眠欲を上回る、食欲を掻き立てるメニューってことになるんじゃないかな?」
「なるほどね」
 ナズユに異論はないようだった。目をきらきらさせて楽しそうにしている。
「いいんじゃないか? 誰から行く? 誰もいないなら、僕に一案ある」
 ウタが自分から手を上げ、いかつい眼鏡を直した。
「ウタちゃんがトップバッターか、珍しいことがあるものだね。兄さんに日ごろの恨みをぶつけてやってよ」
 ロシリンダが特徴的な笑い方でミリレンヌを指した。
「じゃあ……行ってきます」
 ウタが歩み寄り、ミリレンヌの耳元に口を近づける。誰もが息をのんでウタの言葉を待った。
「……焼肉」
 ミリレンヌのキツネ耳がぴくんと動いた。成功したかに思えた。しかしながら、ミリレンヌは睡眠を優先したようだった。
「……だめか」
 ウタが残念そうに、みんなが待っている廊下に戻ってくる。
「でも、王道だろう。俺は食べたかったな」
 ヨズワが口惜しそうに、引き締まった腹部を左手で押さえた。確かに、焼肉は食欲をそそる。今がお昼前ということもあり、ロシリンダやトルテは、早くこの学級会を終わらせて昼食につきたいと目で語っていた。
「……じゃあ、わたし」
 ミタビが意を決した表情で挙手し、教室へ入る。ミリレンヌの耳元で、囁くように甘い言葉をつむいだ。
「ケーキ食べ放題」
 ミリレンヌはというと、小さく鼻から声を出し、また眠りに戻ってしまった。
「ええ……」
 ミタビも残念そうに廊下に帰ってくる。
「からいのがだめなら甘いので攻めたのね」
 コタビがミタビを歓迎する。コタビもミタビも、甘いものが好きなのだろう。
「じゃあ僕から」
 トルテが挙手した。料理人チリルの兄と言うことで、みんなの期待も大きい。
 ミリレンヌの耳元に口を寄せる。
「お寿司」
 ミリレンヌは椅子の背からこぼれている尻尾を軽く揺らしただけだった。
「おいしいと思うんだけれどなあ」
 トルテもおなかをさすりながら戻ってくる。みんなしておいしいものをよく思いつくものだと僕は感心していた。
「では……」
 センリュウがここぞとばかりに気合を入れた表情で挙手し、ミリレンヌに向かう。
「ピッツァ」
 ミリレンヌの反応は、机に投げ出した片手の指が軽く動くが、それだけだ。
「ピッツァ……」
 センリュウも残念そうに、繰り返しながら戻ってくる。ウタが「食べたいね」と兄を励ました。
「じゃあわたし!」
 ナズユが元気よく手を挙げた。そろりそろりとミリレンヌに近寄る。
「フライドチキン」
 ナズユの囁きもむなしく、ミリレンヌは目を覚ますことはない。
「おいしいのに……」
「今晩はチキンを焼こうな」
 ヨズワが戻ってきた妹をガッツポーズで迎える。ナズユは「ありがとうお兄ちゃん!」と喜んでいる。
「なら……僕?」
 チリルが挙手した。料理人ご本人様ということで、下馬評では間違いないかと思われる。
「ラーメン餃子定食」
 ミリレンヌの耳元でささやくが、ミリレンヌはまだまだ起きない。
「ええ、だめかなあ……」
「わたしは好きよ、なるほど中華路線ね」
 ミタビが笑ってチリルを迎える。甘いものを先程あげていたミタビだったが、ラーメンや餃子も好きなのだろう。横で、麺類好きで有名なセンリュウも頷いている。
「なら僕が行く」
 ムクが意を決して手を挙げた。ミリレンヌに近づく。
「ミートパイ」
 ムクもみんなも反応を待つが、ミリレンヌはすやすやと眠ったままだ。
「しばらく食堂で見かけなかったから……」
「チリルのパイはおいしいよな」
 ヨズワが戻ってきたムクの肩をたたく。ムクは悔しそうに笑う。
「ならば、このわたしも」
 コタビが舞うように手を上げ、優雅にミリレンヌに近づく。
「……すき焼き」
 ミリレンヌからは寝息ひとつで一蹴されてしまったが、ムクのおなかがぐうと鳴る。
「コタビちゃんからすき焼きが出るとは思わなかった」
 ナズユが笑って迎える。ヨズワナズユ兄妹がすき焼きを食べるとなると、いくつの玉子と何キロの肉が必要になるのだろう。
「なら俺か……よし」
 ヨズワが腕をストレッチしながらミリレンヌに近寄り、囁く。
「夏野菜と牛肉のカレー」
 読書家の渾身のボキャブラリーにも、ミリレンヌは動じることはなかった。
「夏だし栄養摂れそうでいいね」
 料理人らしくチリルがヨズワを迎える。ヨズワは「難しいな」と照れ臭そうに笑った。
「ああ、僕か、困ったな、兄さんが起きそうな……」
 考えがまとまらない様子のロシリンダが、思案しながらミリレンヌの耳に口を寄せる。
「……お子様ランチ……」
 僕の横でミタビが噴き出した。コタビもくすくすと笑っている。
「兄さん、子供っぽいところがあるから……だめか」
「僕が作れば大人も大満足のお子様ランチになるよ! 今度びっくりさせてあげる」
 チリルが拳を握り、ロシリンダを迎える。横で「僕も食べたい」とウタが控えめに挙手している。コタビはナズユと「似合う」と盛り上がっている。ミタビは少しミリレンヌが怖いらしいが、今回ばかりは笑っている。
 そのあとも案がたくさん出た。パフェ、懐石料理、ビフテキ丼、唐揚げ盛り合わせ、焼き魚定食、パスタ、豚角煮おにぎり、おでん、かき氷、などなど、けれどどれもミリレンヌを起こすには至らない。みんなのおなかがすくだけだ。
「保護官からもなにかないんですか?」
 チリルが根負けしたように僕に話を振った。
「ミリレンヌが起きそうなものは……一案ありますけれどねぇ」
「あるの!」
 おなかをすかせたナズユが食らいつかんばかりに言う。
「早くミリレンヌを起こして美味なる糧に酔いしれたいな……」
 センリュウも僕を彼なりに急かす。僕は勘が当たっていることを信じ、そろりそろりとミリレンヌに近づき、耳元でマジックワードを囁く。
「チョコレート」
「……んあ」
 ミリレンヌが目を開ける。廊下のほうで歓声が沸いている。
「なんだよひとが気持ちよく寝てんのに」
 寝ぼけた様子でミリレンヌは目をこする。
「兄さん! もう! 早く起きて!」
「なんだよロシリンダ、俺は午前中はフケる……」
「メニュー決めてるの! メニュー!」
 ロシリンダがぷんすかと怒る。
「まあまあ、全員で話し合いましょう、ミリレンヌ、食堂のメニューを決めているんです、力を貸していただけませんかなあ」
「メニュー? 食いたいもん言えばいいのか?」
「そうだよ! もう! 兄さんのせいでおなかがすいたよ!」
「なんだよカリカリすんなよロシリンダ、俺チョコがいい」
「そうだね兄さんはチョコが大好きだね! でも! 食堂のメニュー!」
「まあまあ、では話し合いますかなあ」
 りりりんがうまく場をまとめて、全員でようやく学級会を開くことができた。




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