ツガイメギツネ

夢のむきむき



 ツガイメギツネたちの学校の巡回は、この上なく楽しい業務だ。
 キツネたちによって片付けられ、またキツネたちによって散らかり、すべてキツネたちの思うままの空間に居ることが、とても楽しい。
 何よりも、今こうしているように、キツネたちと触れ合うことができるのが、とてもとても楽しいのだ。
 いま僕の目の前には、ラグビー部と見紛うような大柄なキツネが、しょんぼりと肩を落としている。とつとつと、僕に、そのしょんぼりの内訳を聞かせてくれているところだ。真横にはもちろん、彼の最愛の妹が傍についていた。
「ヨズワ、どうしたんだい、元気がないねぇ、さっき言っていた、朝ごはんを少し焦がしてしまったのがそんなにつらいのかい」
「つらいとも! 俺のナズユが焦げた鶏肉を食べたんだぞ?」
「でも、お兄ちゃん、香ばしくっておいしかったよ」
「ナズユは可愛いなあ」
 どうも、ことの神髄はこの話にはないように思えた。もっと切り出しにくい、ナーバスな問題を抱えていそうだ。場所を移したほうがいいだろうか。
 考えているうちに、ヨズワがはっとした顔をする。
「そうだ、そうだよ保護官、なんだか煮え切らないと思った、俺は夢を見たんだよ」
 まさにいま、これだ、という顔をしてヨズワが話し始める。
「夢」
「怖い、とても怖い夢だった、保護官、聞いてくれるかい」
 もちろん、と頷くと、ナズユが怪訝そうにヨズワにたずねた。朝はそんなことひとことも言っていなかったのに。
「だってそれはナズユ、思い出せなかったんだ」
「そうなの?」
「そうとも」
「でも、その夢はいつの夢なの? さっきの授業中に居眠りしたとかじゃないよね?」
 ヨズワの顔が目に見えて真っ青になった。するとナズユがぷんすかとした顔になった。
「まったくもう、お兄ちゃん、居眠りするくらいならちゃんと夜に寝なよ。昨日だって夜遅くまでナズユナズユってうめいてごそごそしてたじゃない。隣で寝ているわたしの身にもなってよ。反省すること!」
「わかった、わかったよナズユ」
「わたし、先に次の教室に行ってるね」
「えっ、ナズユ」
「お兄ちゃんは保護官にこってり絞られてから来て!」
 ナズユはヨズワの腕を抜け、小走りに、先を行っていたコタビやミタビと合流した。次の授業の教室に向かうのだろう。
「ナズユ……保護官……」
「まあ、そんなに気を落とさないで。ナズユだって鬼じゃないよ」
 しょんぼりがマシマシになったヨズワに、ことのあらましを聞きださんと声をかけた。それで、どんな夢だったんだい。
「ナズユが、男になってた」
 魂の抜けた顔で、ヨズワが言う。
「ムキムキの男だ。特に大胸筋なんか見とれるくらいのムキムキだった。俺だって鍛えているけれど、でも俺なんかよりずっと体格もよくて、抱かれてもいいと思ったのが強烈だった」
 ヨズワが続ける。
「でも、保護官、俺はナズユのぷるんぷるんのおっぱいがいい。プリティで、セクシーで、ラブリーなナズユのおっぱいを捨てきれない。妹が男になったからってこんな風に思ってしまうのはナズユに対して失敬だろうか? ナズユを愛しきれていないんじゃないか? 俺はナズユの性別が好きだったのだろうか?」
 ヨズワは一気に話し、はあ、と大きくため息をついて肩を落とした。
「大丈夫だよ、ヨズワはナズユをちゃんと尊敬して、愛しているでしょう、いきなり男になったらそれはびっくりもするし、もしナズユが弟でもきっとヨズワはちゃんと愛せるよ」
「そう、だよな……」
「夢の中のナズユはどんな感じだったんだい」
「格好良かった。ひたすらに格好良かった。俺におはようと言った。やっぱり可愛かった。当たり前のように俺をお兄ちゃんと呼んだ」
「嫌だったかい?」
「まさか! とてもびっくりしたけれど、でもどこかでとても冷静だった。そうかナズユも男かもしれないなあなんてことを思った」
 ふんふんと聞いていると、ヨズワは突然声色と変えた。真に迫るものがあった。
「何かの虫の知らせだったらどうしよう」
「何かって?」
「なんだかわからないけれど、なんだかこう、ナズユが男になるような未来が虫の知らせを寄越したんだったらどうしよう」
「きっとその時は、夢の中と同じようにヨズワはナズユを愛せると思うよ」
「うん……」
「授業が始まるよ、ヨズワ、移動しよう」
 ヨズワはまだ話したそうにしていたが、何かを決めた顔で僕に言った。
「よし、俺はどんなナズユだって愛せるけれど、でも今あるナズユを大切にしよう。保護官、ナズユに訊かれたら俺をこってり絞ったことにしておいてくれ」
 ありがとう、と言葉を残すと、ヨズワは「ナズユー」と叫びながら、もう見えないところまで歩いて行っているであろう彼の妹のもとに走っていった。次の授業では、きっとヨズワは居眠りをしないだろう。


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