ツガイメギツネ-LOVELESSES

墓守カザセの日誌・一瞬の本能の迷い



「頼られ慣れてる女は大変ね」
 同僚だった彼女に、ふっと思いついて声をかけてみる。
「どうせ勝手に孤独を感じて、自分を無能だって思ったんでしょう」
 今晩のような月は、何と呼ぶのだろう。満ちかけ、少し欠けている。彼女の人間性のようだった。彼女は一見、完璧な女性だった。顔立ちも整い、鍛えられた体つき、仕事もよくできて、気配りもできる。だがそれはきっと、同時に彼女の弱さでもあったと思う。
 今日は墓地の妖酒を採取しに、業者が来た。四時間ほど前だろうか。湖の周りの花々を、二割ほど刈り取り、業者は帰っていった。湖の周りは、空中から見たら、フローラルな視力検査表のようになっているだろう。
 私の職場であるツガイメギツネの墓地の花からは、独特な酒が採れる。墓である湖はとても大きく、二割の花を刈り取るだけでもトラックが四台いっぱいになった。おいしい酒がたくさん採れることだろう。
「あんたも、大概に馬鹿だったね」
 私は自分用の、墓守小屋の冷蔵庫で冷やしていた妖酒を出して飲んでいる。この地区も、彼女が生きていたころから、ずいぶんと変わった。保護官の体制も見直され、ツガイメギツネたちにも新顔がたくさんいる。
「適当に男作ってさ、遊べばよかったんだよ」
 あの頃、壊滅するかに思えたツガイメギツネたちも、強かに持ち直した。だがそれに、彼女の犠牲は必要だったのか? 私は基本的に過去を掘り返して後悔するほうではないが、友人を失って、後悔がないと言えば嘘になる。
「甘えたらよかったんだよ」
 私は感傷的な自分が嫌になって、酒を飲む手を休めた。口紅を塗り直し、じょうろを持って墓地の見回りに出た。
「あんたがつぶれることなかったでしょう」
 刈り取られた跡地の、根から一センチメートルほど茎が伸びている、坊主のようなゾーンに来た。寂しくなるかと思いきや、その一センチメートルの茎が、却って命の強かさを感じさせる。また生き直そうという意志が、その一センチメートルから感じられる。
「私は、あんたを忘れないけれど、あんた以上にあんたを活かすことはできないんだよ」
 墓地の空気は、涼しいが、爽やかとは言えない。月の光の中、少し歩くと揺れている花々は、しっとりとした命の香りを感じさせる。死んでいったキツネたちの命を吸って生きる花々の、生の香りに満ちている。生の香りは、わだかまるような、まとわりつくような死の雰囲気の中で、美しく輝いている。
「ゆっくり眠りな。私はもうあんたについて、悪口しか言わないよ。あんたのことは、勝手に強い女だと思っていた。私より先に死ぬとは思わなかった。あんたも普通の女だったんだね。見損なったよ。綺麗だった顔面も死んだらあのざまだ」
 じょうろで、伐採された茎の上に、湖の水をかけて回る。ほんの少し欠けた月の光で、滴はきらきらと輝いた。不気味な輝きだった。綺麗なのかもしれない。ここが墓地でなければ写真家が喜びそうな雰囲気ではある。
「寂しくなったね」
 湖の周りの花の葉で作られた煙草を取り出し、ジッポで火をつけた。煙は味や香りはほとんどなく、ただただ煙が月のほうへ上っていく。
 今日は無力感がひどい。さっさと日誌を書いて帰ってしまおう。今日来た業者には女性のスタッフが居た。若く、元気だった。少し遊んでいる雰囲気もあった。その女性を見ていて、別に似ているというわけでもないのに、彼女を思い出してしまった。
 ひたむきに働く姿に、彼女を重ねたのかもしれない。
 その女性と少し話した。奇抜な格好をしている私に物怖じしない姿勢は、彼女とそっくりだった。
 いろいろ考えたが、とにかくもう帰ろう。異常なし。明日になってもこのセンチメンタルな気持ちが続くようなら、改めて原因を探すことにする。ただ恐らく、何もないだろう。








Copyright(C)2017 Maga Sashita All rights reserved. designed by flower&clover
inserted by FC2 system