イガカシ

美しいかアンドロイドよ



 ラブの髪に、夕焼けが映えている。茶の帰りだ。レールウェイで移動中のところ、なにか反射しているのが見えた。次の駅に待ち構えていた民間人のカメラが、窓ガラス越しにラブを含めたこのレールウェイを映した瞬間だった。どうやら、これはそこそこ有名なレールウェイらしい。ラブがどう思ってこのレールウェイを選んだのかは俺には判りかねるが、その民間人がどう思ってこのレールウェイを選んだのかは察するに易い。有名だから、あるいはラブを奇襲したいから、あるいは、他の何かだ。
 したがって、俺は駅に着くや否や、警備の者を呼んだ。警棒を貸せ、すぐに返そう。そう声をかけると、レールウェイを降りたラブが「ギャン」と諌めてくる。しかしながらそれを聞くや否や警備の者は血相を変えて、警棒を両手で差し出してきた。それをあのカメラ目掛けて投擲したところ、ラブの美しいまでの妨害にあった。ここまで優美であれば、妨害されれど悪い気はしないというものだ。
 周囲のざわめきが心地良い。というのも、ラブが不届きな輩を庇うために、ホーム内側の肩甲骨から電気を放射したのだ。警棒はそこで進む力を失った。
 さあ見届けるがいい。ラブがいずれ俺から離れていくときも、その電気の翼を以ってして行くのであろう。俺が使い物にならなくなったときにも、そうやってざわめいて、ラブを取り巻いていることを許そう。ただ唯一残念なのは、俺の後を継げる程の者が見当たらない。ラブが妥協してこの中から誰かを選ぶくらいであれば、俺は首の骨だけになってでもラブの傍にいてやろう。
 ここまでを俺が緩慢に考えた辺りで、ラブは輝きを放つのをやめた。小さな稲妻が、チ、チ、と音を立てる中、ラブが動いた。俺は麻痺でもさせられたかのように硬直していたことに気付かされた。
「懐かしいですね」
 そう言って斜め下から睨みつけるように振り返ったラブは、とても楽しそうだったのだ。だから俺は、懐かしいか、と、訊ねた。先の戦を思い出すラブの表情だったからである。先の戦の、あのときだ、あのときと指しても、誰一人判らないのであろうが、あのときである。
「懐かしいか」
「繰り返しましょうか」
「あのときもおまえはそう返したのだったか」
「然様です」
 電力から解放されて転がっている警棒を、ラブが拾いに行く。いつの間にかざわめきはなくなっていた。こんなにも人が居て次のレールウェイも来る頃であろうに、人間は動くことができない空間が出来上がってしまったかのようだった。俺も動かない。動かないのであるが、口だけは不随意にでも動く。用意していた会話を果たすだけの神経信号は、まだこの口に残っている。
「俺はあのとき何と言った」
「先程の通りに、懐かしいか、とお尋ねになりましたね」
 奇襲からラブがほぼ単騎で陣を護ったときのことを、互いに思い出している。あのときも、俺を銃弾から護ったのは、ラブの電気で出来た翼だった。轟音を立てて幾百の銃弾が止まった瞬間を、俺はこの目で見ている。
「ならば再三にでも問おう。懐かしいか、ラブ。誰かの喪失というものは」
「僕はもう喪いません。ましてやそこの一般人を喪うことはありません」
「礼を欠いた輩を野放しにしろと?」
「まさか。罰しますよ。むしろギャン、あなたが手ずから罰してくれるものだと思っていたものですから、止めたのですけれど」
「成程、借り物の鞭では不満足か」
「ええ」
 ラブが警棒を俺のほうへ丁寧に放り、腰を抜かしている例の輩のところへ歩く。後ずさる群衆は、誰からともつかずざわめきを取り戻し、駅のホームから、何度も振り返りながら出ていく。
「大丈夫ですか」
 ラブは手を差し伸べる。そして、可哀想に、と呟いて、屈んで撫でてやっているようだ。
「ギャンを怒らせてしまったのですね。ギャンが怒ってしまったのなら、僕も怒らなければなりません。あなたが、不用意に彼を映してしまったから。脚のないあなたは逃げられない。口のないあなたは語れない。ただ括目するのみ。可哀想に」
 言いながら、ラブは俺のほうへ歩いてくる。手を差し伸べて拾ったそのカメラを撫でながら、ゆっくりと俺に近付く。俺は警棒を後ろの警備員に軽く投げて返し、ラブが俺に寄り添って見上げてきたときに、カメラを取り上げ、解体していきながら、ラブと帰途に就く。そろそろ駅の近くに停まっている迎えの車が飽きてしまう。
 フィルムを千切っていると、ようやっと俺は、とっくのとうに手もとが暗くなっていることに気付いた。
 ラブ、おまえをそれほどまでに美しくさせたのは、おまえが喪ってきた存在の力なのか。
 訊こうと思ったが、訊かないことにした。俺が罰したかったのは、あの無礼な人間だったのだが、振り返って憤るのもおかしな話であるし、ラブが憤ったのはこのカメラに対してなのである。もし本当にそうなのであれば、俺が喪われても、ラブがより美しくなることはない。やはり俺はまだ、首の骨だけになってでも、ラブの傍にいてやらなければならない。
 さすがに、ラブが歩きながら目をやるショーケースの中の懐中時計を、ラブのマスターとして据えるわけにはいかない。幾らラブが望んでも、誰か人間をつけてやらなければならない。
 なぜなら機械では、ラブに愛を取り戻させることは難しいだろうからである。


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