イガカシ

甘くて不健全なお仕置き



 夢は見なかった。
 オレは目を覚ましたのだろう。なのに体がだるく、うまく頭が働かない。脳が粘るようだ。
「マナブ、おはよう」
 ソウ様の声だ。返事をしないと。
「おはようございます」
 喉もなんだか粘っこい。声が絡まった。
「元気がないな。だるい?」
「はい、少し……」
 オレは目を開けられないままでいた。瞼が重くて仕方ないのだ。
「少し血を採るよ」
「はい」
 眠る前に何か疲れることでもしただろうか。肘裏に針の刺さる感触を感じながら、オレは眠る前のことを思い出そうとする。
(いつも通りアイカが出かけて、ソウ様がオレを呼んで、ソウ様と一緒に寝て……)
 一緒に寝たと言っても、ソウ様はオレの前でお眠りになることはめったにない。今回も、寒い寒いと仰っていたソウ様の抱き枕になっている途中で、オレが勝手に寝てしまっただけだ。ソウ様はこの件はいつも咎めず、むしろ嬉しそうになさる。オレは寝たくなどないのだけれど、ソウ様の腕の中にいると、なぜか寝入ってしまうのだ。
 針が抜かれ、絆創膏が貼られる感触がした。
「あ、血小板が……まあいいや、マナブ、左手に力を入れるなよ。だるいだろうから素直にしていれば大丈夫だ」
「はい……ソウ様、オレはどうしたんですか? その……なにか、おかしいのですか?」
「うん? おかしくないよ。少し具合が悪いだけ」
「具合が、悪いんですね」
「ボクがおかしくしてるんだけれどね」
 言葉の意味を考える間もなく、唇にソウ様のキスの感触があった。オレはだるくて何もできないが、ソウ様の舌が差し込まれ、歯を割ってオレの舌に絡んだ。
「ん、ぁぐ……」
 ソウ様の手が、裸でいるらしいオレの脚の間に触れてきた。まだなんともないそこを刺激する。
 ソウ様の唇が離れる。
「あんまり気分になれないかな?」
「少し、だるくて」
 いつもはそんなことは訊かずにやりたいようにするソウ様に違和感があった。ソウ様はふんふんと頷いて、ソウ様の右手とオレの左手を、指を絡ませて握った。
「ソウ様……?」
 オレはようやっと目を開けた。もやがかかったような見え方だ。オレは相当具合が悪いのかもしれない。
「マナブ、眠いかな?」
「眠くは、ありません」
「これが終わったらいったん眠らないと痛いと思う。終わるまでに眠くなってね」
 何が何やらわからずいると、ソウ様はぎゅっと握った手に軽く力を籠め、オレの下肢を舐め始めた。
「ソウ様!?」
 抵抗しようとしたけれど、体を動かすとどうにもだるいし、右手はソウ様の左手に納まっているし、左腕は、見ると絆創膏に赤色がにじんでおり、動かすのが怖い。
 そもそも、ソウ様は普段はオレを舐めたりしない。オレが舐めさせられることはあるけれど、ソウ様はめったにしない。
「マナブ、本当に具合が悪そうだ、可哀想に。今なら噛まないで舐めてくれるかな」
 舐めていた口を離したソウ様が、握った手はそのままに、左手でボトムを緩めた。
「ソウ様、あの、少し、今は気分じゃなくて……」
 オレは働かない頭で必死に言葉を選んだ。
「マナブは舐めていれば気分になるよ」
「……ええと、その、今日は……」
 なんて言ったら諦めてくれるだろう。言葉の辞書をやみくもにめくるオレを、ソウ様は珍しく待ってくれた。
「具合が、よくなくて」
 そんな言葉しか見当たらなかったけれど、ソウ様は「そうか」と笑う。
「しみたら言って」
 けれど、次の瞬間にはソウ様はオレの左手の絆創膏をはがし、針の抜けた皮膚の隙間に唇を寄せてきた。
「そ、ソウ様……?」
 ソウ様はキスマークが残るほど強く吸い上げた。そしてそのままオレと唇を合わせてくる。
「ん、っ」
 オレはびっくりしてしまった。キスが、甘い。比喩でなしに、美味なのだ。
 密着していた体が離れ、ソウ様は悪戯っぽく笑っている。
「どんな味?」
「甘い、です」
「そう」
 ソウ様はまたオレを舐め始める。つないだ手はそのままに、何度も吸い上げ、舌を這わせ、唇で圧迫する。
 まだキスの謎解きがなされていない。混乱の中で、でもキスでリラックスしてしまったのか、オレは快楽を感じ始めていた。
「ん、あ……ソウ様、う、んん」
 ソウ様が手をぎゅうと握る。
「嫌、ああ、ソウ様、ソウ様」
 いちど快楽を認識してしまえばすぐだった。オレは興奮の渦の中に突き落とされた。はっきりしない意識も、余計なことを考えずに行為に没頭するための手段になってしまっていた。
「ソウ様、待って、待ってくださ、汚して、しまうので、ソウ様、」
 ソウ様は咎めるようにきつく吸った。あとほんの少し長く吸われていたら、オレは達してしまっていただろう。
「あああぁ、あ、そうさ、ソウ様」
 ソウ様が口を離して笑いながら訊く。
「苦しい?」
 オレは何度も頷いた。
「言葉にしなさい」
「はぁ、う、ぁ、ソウ様、ソウ様、くるし、です……苦しいです、う、っく」
 ソウ様は左手でオレを扱いている。言葉を詰まらせるオレを楽しんでいるようだ。
 ソウ様がまたオレに口をつけた。オレは限界が近く、体が跳ね、言葉がなめらかには出てこない。
「嫌、嫌だぁっ……お願い、お願いしますっ、もう、だめ、離して、くださ……嫌、ソウ様、これだと、イって、しまうので……離して……っだ、め……! ごめんなさ、ごめんなさい、もう、もうだめ、嫌だ、離して……!」
 ソウ様が後ろに指を入れてくる。その指が、探りもしないのにオレのいちばんいい場所を突く。
「嫌、嫌だ、嫌、やめてください、ソウ様、嫌、嫌……あ、あっあ、だめ、く、うぁあ……ん、あ……や、イけな……」
 ソウ様がオレから口を離してしまい、オレはどうしたらいいかわからなくなって体をびくつかせた。
「やめてほしい、んだろ?」
「ソウ様、ソウ様、もう、もうっ……」
「じゃあ、我慢してろ。いっぱい舐めてやるから」
 ソウ様は再度オレを口に含む。
「嫌、いやっ嫌、ソウ様、待って、待ってください、だめ、もうだめ、お願いします、あとはひとりでするので、ソウ様、もう……」
 呆れたようにソウ様が口を離して言った。
「ひとりで? それでいいのか?」
「いい、いいので、」
「つまらない。ボクの口でイきなさい」
「嫌、ソウ様、待って、あ、あぁ、」
 また熱い粘膜に包まれる。オレは身も世もなく喘がせられる。
「あぁあ! あっ、嫌、舐めないで、ああぁ」
 ソウ様がおかしそうに鼻息で笑った。
「我慢、できな……っ、許して、ソウ様、もう、もう……い、や、いやぁ、嫌、あぁ、あ、や、あぁあああっ!」
 絶頂だった。オレは体から欲求が抜けていくのを感じていた。
 ひとしきりオレから快楽を吸い上げると、ソウ様はオレにキスをしてきた。
(……)
 まただ。また、甘い。先程とは違う味だったが、甘くて、けれどその甘い液体はオレがいま出したもののはずだった。
 オレはさして抵抗なくその甘さを飲み下すことができた。ソウ様がそれをからかうように「素直なんだな」と呟いている。
「はあ、は、ソウ様、なんで、あの、甘いの、ですか……?」
「ちゃんと甘い?」
「甘い、です」
「あのね」
 ソウ様がオレの頬に口づける。オレは抵抗する気はなくなっていた。息を整える。
「マナブがだるいのも、ボクのせいなんだよ。マナブの体液を薄めて、代わりに甘いものを混ぜてみたんだ。唾液や汗はリンゴ味、血液はザクロ味、精液はバニラ味。具合悪いのは可哀想だけれど、どうせ飲まされるならマナブも甘いほうがいいだろ?」
「……よく、わかりません」
「うん、もとの体液もとってあるからまた入れ替えたら話すよ。少し薄めすぎた、血小板が足りなくて腕からザクロ味が止まらない。マナブ、眠い?」
「……あまり」
「そう。だるさは?」
「少し、ましです」
「ましになったか、困ったな」
 ソウ様は少し考えた。
「気長に待とうか、圧迫止血でもしながら。マナブ、腕、みせて」
 ソウ様がガーゼを取り、ザクロで飽和した絆創膏をはがしてそこに宛がって、オレに腕を曲げさせた。
「プログラム組んで寝かせるのは簡単だけれど、ボクはマナブが眠っていく過程が好きだから。マナブ、立てる?」
 オレは体を起こそうとした。けれど、うまくできない。かくかくとしてしまう。
「だめそうだね。じゃあ、硬い処置台の上ででも、眠れるかな」
 ソウ様は積んであった毛布を広げ、オレの上に被せた。
 そして、オレの隣に寝転がる。曲げさせられた腕がソウ様と俺の体の間にある。
「おやすみ、マナブ」
 ああ、まただ、なぜなのだろう、オレはソウ様に体を任せると、うとうととしてきてしまう。
 プログラムをいじられた眠気ではない。自然に、ごく自然に、体が温まって、気持ちよくて、眠くなってしまう。
「……おやすみなさい、ソウ様」
 今までもいろいろな不思議な感覚はソウ様に味わわされてきたけれど、そういうのとも違う。
 自然に、というのがいちばん近い。自然に眠くなって、安心してしまう。
 体液を入れ替えるだなんて変だとしか思えないことをされても、いざ隣に寝転がられると、安心してしまう。
 その温もりは、愛するひとの兄でしかないというのに。


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