イガカシ

苦くて健全なお仕置き



 ソウ様とのキスは苦い。
 ソウ様が行為の前に決まってコーヒーを飲むせいだ。
「ソウがさー、眠れないんだってー。マナブもなんか言ってやってよ、いちばんソウと一緒に居るのマナブなんだしさー」
「え、ああ、では今日、伝えよう、シノブの言葉なら、聞いてくださるかもしれない」
 マナブの言葉だから聞くんだけどなー、と思ったが、シノブは「よろしくー」で済ませる。
 ソウとマナブの関係はデリケートだ。マナブには悪いが、ソウはマナブの言葉でなければ耳を貸さないだろう。そして、なぜソウが眠れないのかも、マナブしか知るまい。

 その日もソウとのキスは苦かった。この苦さが、眠れない原因であろう。
「ソウ様、その、お眠りになれないとシノブから聞きました、コーヒーを控えられてはいかがでしょうか。あの、もし、お嫌でなければ」
「ふーん。ボクが眠れないと、マナブはどう思うの」
「どう、とは」
「どう、思うの」
 どう思っているのだろう。マナブは自分がわからなかった。
 ソウがコーヒーを飲む。ああ、やめさせなければ。
 ソウはマナブに口づけた。
「正直に言えよ、別にキスの感想でもいいけれど」
「オレは、コーヒーが好きじゃないから……その、コーヒーの後のキスは、あまり、好きじゃないんです」
「ああ、じゃあキスの前のコーヒーはやめよう」
 ソウはにっこり笑う。言いたいのはそういうことではないのに。
「あ、あの、ソウ様、眠る3時間前以降のコーヒーも、その、おやめいただけると」
「ああ、それをボクがやめるとマナブにどんないいことがあるんだ」
「オレ、に?」
「そう」
 マナブは必死に考えた。上手い言葉が見当たらない。
「そのまま言ってごらん」
 そのまま。
「ソウ様が眠れないのは、心配です……」
「そう。じゃあやめよう」
 あまりにあっけらかんとしていた。
「コーヒー豆、ギャン様のところのラブくんに全部渡しておけ」
「……かしこまりました」

 翌日、早速ラブを呼んだ。ソウ様のご気分が変わられないうちに、渡してしまわなければ。
「ラブ、ソウ様が、この豆をラブに返すよう仰っていた。ギャン様に美味だったと伝えておいてくれないか」
 ラブはにっこり笑った。
「ええ、構いませんよ。おいしいコーヒーらしいですねえ、僕はあまりコーヒーはたしなみませんけれど」
「オレも、あまり飲まないんだが、ソウ様は気に入られたようで」
 ラブは不可思議な顔をした。
「ソウ様はコーヒーがお嫌いなはずですが……シノブが飲むんでしょうか」
 マナブも不可思議な顔になった。
「ソウ様は好まれていたはず、だが……」
「まさか。マナブもご存知でしょう、ソウ様はペースを乱されるのを好まれない。カフェインの類はおとりになりませんでしょう」
 どういうことだろう。
「なら、シノブが……」
「シノブが飲むなら豆を返さないはず、ですね、マナブ、……ああ」
 ラブはおもむろに踵を返した。
「わかりました、ギャンに伝えておきます」
「え? ああ、頼む」
 ラブはくつくつと笑った。
 苦いキスが嫌いなマナブが可愛くて仕方ないんでしょうね、ソウ様は。


Copyright(C)2017 Maga Sashita All rights reserved. designed by flower&clover
inserted by FC2 system