イガカシ

テネラメンテの夢



「エロい尻してんじゃねえよ」
 スサブが間奏中にシノブの尻を叩いてきた。
「ひゃん!?」
「エロいっつってんだろ。メス犬か」
 シノブのギターソロが乱れる。見かねたサケブがアンプリファーを切り替え、サケブのベースソロに切り替えた。
 今はライブ中だ。けれど、それはもうそれほど問題ではなくなっていた。
 このバンドの客は、シノブの痴態を見に来るものも多い。
 スサブが先程まで自分の使っていたマイクをシノブの口に押し当てる。
「メス犬なら、きゃんきゃん鳴かねえとな?」
「や、やだ、スサブ、」
「ギターあってよかったな、おもらししてもばれねえぞ」
「し、しない! しない!」
「するだろ」
「しないもん。スサブ、あんまりお客さんの前で、そういうことしたくない」
「最前見てみろよ。もう何人もズボン苦しいみてえだぞ」
 シノブは慌てて客席を見た。
「そんなに期待してんのかよ」
 スサブが笑う。
「シノブは、そういうの、やなの! スサブ、やめて」
 シノブの鳴き声がリバーブにのって響く。
「本当に嫌かなあ?」
 ねっとりと煽るように言ったスサブの手がシノブのギターと股間の間に滑り込んだ。
「ひゃあっ……やだぁ、マイクどけて、スサブ……」
「イイ声してるって褒めてんだよ」
 スサブの手が硬くなり始めたシノブを何度もなぞる。
「あっあ、っスサブ、やだ、やだ、待って、楽屋で、楽屋でしよ? シノブ、やだよお」
「お客さんと一緒に気持ちよくなるのがライブだろ? 付き合えよ」
 サケブが呆れた風にこちらへきて、マイクのラインを足で引っこ抜いた。憂さ晴らしのようにスラップを始める。
「シノブ、これで満足か? サビまでにイけよ、俺だってサビくらい歌いてえんだから」
「やだ、やだ、スサブ、」

 気付くと、別の世界に居た。イガカシの作業用のデータ上のスペースだった。
「シノブ……」
 スサブに呼ばれた気がして、辺りを見回す。絶えず更新されていくテキストがあった。スサブのフォルダだ。
「こうやって、壊れていくんだな」
 そうだ。今は、イガカシがどんどん壊れていく最中だった。
「スサブ……?」
「そんな顔すんなよ、シノブ。一緒におまえも壊してやろうか」
「そうし……」
「冗談だ。おまえパーなのに変に真面目なんだよな」
 シノブは涙が止まらなくなった。そんなこと言わないで、またぶったり悪戯したりしてよ。なんでそんなに苦しそうなの? スサブは、壊れちゃうの?
「おまえに、こんな情けないところ、見せたくなかった」
 そうだ、ひとを呼ぼう。シノブは自分の肉体を探し出し、瞼を押し開いて部屋から転がり出た。
「シノブ!?」
 前も見ないで走り出したため、思い切りギブにぶつかった。
「ギブ、スサブが、スサブが」
「スサブ……?」
 ギブが眉をひそめた。
「壊れちゃう、早く、助けて、イガカシ・トラジックが……あれ……? イガカシ・トラジックって……?」
「もう何年も前だ。どうしたんだ、シノブ。リユウに診せようか」
「……そっか、シノブは、夢を見たんだね」
「嫌な夢でも見たのか」
「うん、スサブが、壊れちゃう夢。ねえ、スサブは本当に壊れちゃったの?」
 ギブはつらそうな顔をした。
「……ああ。今は初期化されてしまったよ」
「そっか」
 シノブの目がみるみる潤む。ギブがシノブをそっと抱きしめた。
「う、あぁ、あああ」
 ギブのスーツにシノブの涙と鼻水と嗚咽が吸い込まれていく。
 ねえ、スサブ、シノブね、いっぱい練習したんだよ。ギターも、メス犬のやり方も。
 なんで、シノブががんばってるのに、スサブは壊れちゃったのかなあ。いっつも、イくとき、シノブのほうが先だったじゃん。なんで先に行っちゃうの。


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