イガカシ
トレイスの誘惑
俺が寝転がっている間にラブは防犯のために駆り出されていたようだ。チャンネルの上部にニュース速報が流れている。立てこもり事件、人質を保護、犯人を逮捕。犯人に手を下した動作主の情報は一切流されることがなかった、それゆえに、ラブなのだと言外に言っているようなニュースだった。
寝転がっている場所はラブの部屋のソファだ。勝手にベッドに寝転がる気にはならない。ラブは俺のもの、それはそれでいいのだが、俺もまたラブのものだ。ラブに捨てられたら、俺もラブを捨てるしかない。悔しいことに、間違いなくその現象は、確かな未来ではある。俺が天寿を全うしたら、12歳の身体のラブが、俺を捨てるのだろう。
そんなことを考えている間に、俺はまた眠ったようだった。目が覚め、存在の気配にそちらを見やる。暗い部屋のなかに俺に背を向けたラブがいた。ガーターベルトと黒いレエスのニーハイソックスのみを身に着けている。小さく白い、幼い尻が、月光を反射している。そして花火の柄の下着をガーターの上から脚に通す。
「見ているのがお好きですか」
いつも通りのラブに、俺は噴き出さざるを得なかった。この言葉に食らいつく男はごまんといる。俺もそのひとりだが、他の誰よりもラブに許されている。
「悪くはないな」
ラブが振り返る。口元、目元が笑っている。
「おまえが無事に戻ってよかった」
ラブが目を丸くする。そして問う、なぜご存知なんですか。
「知っているさ。おまえのガーターベルトの意味も」
「どのように?」
「危険な現場だったのだろう」
「まあ、そうですね」
「本能が、おまえを欲情させている」
「ええ」
「その程度のきっかけ作りで俺を騙せると思うか?」
俺は起き上がり、ラブに歩み寄る。ラブは動かない。ラブはうまくひとを騙す。だが、俺はうまくひとを見抜く。
「俺の前でガーターベルトはしたままでいるつもりだったのだろう」
「ええ」
「脱いでみろ。脱ぎたくないなら脱がしてやってもいいくらいだ」
ラブが1秒黙る。そのあと言った、脱がされるほうが面白そうですね。
「ならばベッドに這え」
「もちろんです、あなたは跪いてはならない」
ラブは電気をつけないまま、すたすたとベッドへ行ってしまう。俺もついていく。そしてラブがベッドに左ひざをついた瞬間、ラブの左太腿に遠慮なく触れた。赤いレエスのガーターリングをまさぐり、引き下ろす。そこで、ラブの真意を察することになる。
「銃でも装備したのか」
「ああ、そうでした、でも、使うことはありませんでしたけれど」
ラブの太腿には、銃を留めるベルトの痕が残っていた。上からガーターリングをつけたということは、ラブなりの何かの配慮だろう。そんなことを考えていると、ラブが言を継いだ。
「少し指揮をしてきただけです」
「あまり言い訳はしなくていい。俺はおまえを信頼している」
ラブはベッドの上にのぼり、俺に向き直った。そして、ごめんなさい、と言った。
「わかったのなら構わん。ラブ、その痕を舐めさせろ」
「それこそ構いません」
承諾は得た。ラブの左脚を持ち上げると、ラブの上半身がベッドに倒れる。そのまま、ベルトの食いこんだ痕に舌をやる。ラブはくすぐったいようで、脚の筋肉が緊張と弛緩を繰り返す。
「ギャン、少し、下着を」
「随分急ぐものだな」
「本能的に興奮しているんです」
「危険な現場に行ったからか?」
「目の前にあなたがいるからですよ」
「悪くない」
俺はいったん身体を除けた。ラブが花火の下着を脱いで、無造作ながら畳んで置く。ラブは裸体にガーターベルト片方のみという、こんな状況以外に相応しくない格好になった。
俺は再びラブのベルトの痕を舐め始める。柔い肌は舌先に心地よい。
「ギャン、今日は最後までしますか?」
俺とラブはそれほど多く本番をするほうではない。けれど、どちらかの快楽のためには時間を惜しまない。ラブにはこれくらいのほうがよいようだった。本番は、どうやら嫌な思い出があるらしい。
「おまえがしたいようにするといい」
「ありがとうございます」
ラブは脚を広げ、俺の顔がこれからも無事になる位置まで誘導した。そして、自分を扱き始めた。声はない。荒くなっていく吐息、筋肉の動き、肌の熱の変化が雄弁に欲情を語る。俺はそれで満足だ。だがその満足とは別に、いささか嗜虐じみたことも考える。
ラブは目を閉じて竿を絞り上げている。そこでノーモーションで先端に指を押し付けてやれば、驚きと快感がラブに声をあげさせた。
「ひんっ」
脚がびくんと跳ねる。
「さすがにまだ達せなかったか」
「う、んん」
ぐりぐりと先端を押してやる。先程までの平素のラブなら睨んできそうなものだったが、今はただ顎を引いて顔を色情に歪めている。そんなに危険な現場だったのか、そんなに俺がいるのが嬉しいのか。俺は自惚れが悪いものだとは思っていないので、後者だと思って幸せになることにする。
「ん、あ……ギャン」
「なんだ」
「指が、汚れますよ」
「もう、か?」
「そのうち」
「構わん、汚せ汚せ」
投げて答えると、ラブは嬉しそうに笑う。俺はラブに汚され、ラブは俺に汚されて、共に湯を浴びればいいのだ。
「はぁ……は、あ、ぁ」
「ラブ」
「なんでしょう……?」
「俺を起こしてでも告げてから出動しろ」
「……」
思うところ有り気な顔をされる。
「おまえばかり盛って、平等でない」
ラブが息で笑う。
「俺に死なれたくないと思うのは、仕方ないことだ。前のマスターらの件も、考えてやろう。だが、ならばおまえを失いたくないと俺が思っても、おまえは理解できるはずだ」
仕置きのつもりで、ラブの手の隙間から竿を握ってやる。
「んっ……理解、なら」
「あと数十年、相手をしてやる。その先は、受け入れろ。代わりに、あと数十年、おまえの横を歩く俺を保証しろ。できるだろう」
「そう、ですね……んく、あ」
ラブの先に愛液が僅かに溢れる。
「その官能的な表情は、永遠であるべきだ。せめて、俺の中で」
「珍しく、ん、現実的ですね」
「おまえが現実的なんだ、もっと身も世もなく溺れろ。戦は終わったのだろう。俺に向ける本能以外で情事を味わうなど、あと数十年あとにしろ」
「それも、そうですね」
ラブが乱れた息の中で笑う。褒美になれば良いと思い、愛液に濡れた指でラブの蕾を開いた。
「あ、う」
中指は、すぐにそこを探り当てる。ぐいぐいと突いたり押したりしてやる。ラブが先程の比でなく緊張と弛緩を激しくする。痙攣というには緩慢だ、そう思っていると、すぐに痙攣に変わる。
「あ、んんぁ、あっ、ん……!」
俺の顔に白濁がかからないよう、ラブは自分の手のひらで箇所を覆い、中を締め付けながら達した。
ラブが息を整える。指を抜いてやると、膝が跳ね上がり、愛しい。
ラブの喉を空気が通るその音だけが部屋に響いた。そしてラブはつぶやいた、多義的な言葉だった。僕はギャンの痕が欲しい。
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