イガカシ

バニラ、王道



「バニラはなぜアイスクリームの王道なのだろう」
 ギャンが珍しく助動詞を使ってリユウに訊いた。
「さあ。ギャンは何味が好きなの」
「なんでもいい」
「強いて言えば」
「強いて言わずともよいだろう」
 父親のわかりやすい照れ方に、リユウは興味をそそられる。
「ストロベリー?」
「あれは甘くてかなわん、ラブは好むのでラブにやる」
「じゃあチョコレートもだめ?」
「チョコレートはいい」
「ビター?」
「詳しくないがビターという言葉には相応しい味だった」
「ラムレーズン」
「ラブが前に酔っ払った、もう食べさせない、ラブが食べたがれば別だが」
 リユウはもともとあまり幅広くアイスクリームを食べない。すぐに味の候補のストックが尽きてしまった。
「なにが好きなの、言い難いやつなの?」
 ギャンは少し宙をにらんだ後、息を吐いて言った。
「抹茶」
「抹茶」
「俺は茶の作法がわからん。アイスクリームなら気楽に食べられる」
「なんで隠そうとしたの」
「茶の作法がわからんなどと堂々と言えるわけがないではないか」
「気楽に抹茶が楽しめるから好きなの?」
「それだけではない」
「……ギャン、平たく話して」
 リユウは実は仕事中なのだ。液晶とにらめっこをして、ピアニストよりも素早くキーボードを叩いている。いつもそばにつくギブは今はローズヒップティを淹れに離席している。
「平たく話そうにも、わからんのだ。なぜ俺は抹茶が好きなのだろう、バニラでなしに」
 腕を組んで立っていたギャンはソファに後ろ向きに歩み寄り、膝の裏にソファが当たるとそのまま背中からソファに倒れ込んだ。
 開きっぱなしだったドアを3度ノックする音が聞こえ、リユウが「どうぞ」と言おうとする瞬間にギャンは見もしないで「ラブ」と呼んだ。確かにラブだった。
「お邪魔致します」
 ラブがお辞儀をすると、チョーカーについていたチェーンが小さく音を立てた。
「ラブ。なぜアイスクリームの王道はバニラなのだ」
「僕が食べているとあなたが喜ぶからでしょう」
 ラブは十分の一秒も考えなかった。
「世界は俺を中心に回っているのか」
「決まっているじゃありませんか。あとあなたを中心に回ると、僕にも中心に回るので、そうあってほしいんです。ただ、ギャン、あなた、抹茶がお好きだったのでは」
「ああ、俺は抹茶が好きだ。どんなに邪道と言われようと」
 邪道だから言い難かったのか、と、リユウは脳内の答えの欄にメモをして、仕事に集中する。
「邪道なんてありませんよ、道は道です。僕も抹茶は好きですよ」
「おまえは食べずともよい」
「緑はあまりセクシャルではありませんしね」
「然様」
 ギャンはソファから腹筋で起き上がり、すたすたとラブのいるドアまで歩きながら言った。
「ラブ、今からバニラを食べる気はあるか」
「ブルーベリーが食べたい気分です」
「色気の欠片もない」
「あなたの色気のバニラなら別ですよ」
「おまえがバニラを食べたら俺も気分になる」
「僕はブルーベリーをいただくのでギャンは抹茶を召し上がっては」
「あまり大声で抹茶と言うな」
「あなたにこっそりと愛される抹茶が妬ましい」
「大っぴらに愛するわけにもいかない」
「大っぴらに愛せばいいんですよ、抹茶も喜びます」
「なぜ俺は抹茶が好きなのだろう」
「僕が好きだからでしょう」
「おまえは抹茶が好きだったか」
「そうではなくて、あなたが抹茶を召し上がると絵になるんですよ、抹茶はあなたの黒髪に映えますし、そもそも僕はあなたがバニラまみれになるのを好みません、あまりあなたがバニラを召し上がることにセックスアピールを感じない、だからあなたは好きなものを好きと言うべきです、僕のことが好きだと隠さなかったあなたが抹茶を隠すのは、まあ、嬉しくなくもありませんけれど」
 話しながら、ふたりは廊下を歩いて遠ざかっていく。
 そこでギブが戻った。
「ただいま、リユウ」
「うん、お帰り。ギブ、どうしたの、お盆の上がずいぶん豪華だけれど」
 ギブが持っている盆の上に、銀のボウルが伏せられている。
「休憩を入れたほうがいいと思って」
「アイスクリーム?」
「アイスクリームがよかったか? ストロベリーパフェにしてしまった。もう少し待ってくれれば持って来よう」
「いや、パフェがいいな」
 そうは言ったものの、ギブが差し出したパフェは練乳のかかったストロベリーが生クリームに咲いていて、どうにもいかがわしい気持ちになってしまう。
「ねえギブ、なんでパフェの王道は練乳のかかったストロベリーなんだろう」

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