イガカシ
VIOLENCE
「好きだ」
言葉とともに投げつけられるのは、リユウの部屋のありとあらゆる物体たちだ。
「好きだ、ギブ」
もう鏡もケーキもクッションも、廊下にいるギブの元に飛んできてしまっていた。そろそろ部屋ががらんどうになるのではないか。
「好き」
それでもギブにとっていちばん堪えたのは、リユウの言葉だった。リユウは好きだ好きだと繰り返す。
「好きだ」
リユウはそれだけを繰り返している。
「好きだよ……」
もともと物のない部屋だ、7分もしたら、そのような力ない声が聞こえてきた。飛んでくるのも階下を通りかかったシノブの、怪訝そうで興味本位な視線だけになった。そろそろ、部屋に入れてもらえるだろうか。
「リユウ、入るぞ」
「うん」
何もなくなった部屋で、床に直接座っている、持ち運びのコンピュータだけを抱えたリユウが目に入った。
「ギブ、頼んでおいたケーキは」
「ここに」
「ギブがくれた鏡は」
「割れることもなく」
「初めて縫ってもらったクッションは」
「飛距離が伸びずすぐそこに」
「なんで全部無事なんだ……」
リユウは膝を抱えて座りこんだ。
「ギブ」
リユウが体をひねって、立ったままのギブに手を伸ばす。
ギブが引っ張り上げ、立たせると、リユウは渾身の力でギブの頬を張ろうとした。
しかし、叶わなかった。ギブが手首を捕まえてしまったのだ。
リユウの目に激情はなかった。
その目は、何かを確かめていた。というのも、全くの勢い任せで、考えなしに行動している様子ではなかったのである。
「ありがとう」
「どう致しまして」
立ち上がったリユウは、ドアまで歩いていって、廊下に整頓された自分の投擲物を眺めて、深く息をついた。
「気分は晴れないままのように見えるが、もういちどやってみるか」
ギブからの提案だった。しかしながらリユウは、そういう問題じゃないんだよ、と、首を振った。
「好きなんだけれどなあ」
なんでなんだろうなあ。リユウは呟く。
「ねえギブ、僕はギブのどこが好きなの」
「さて?」
「そうだよねえ」
珍しく、リユウが、あー、と、うめいた。
「なんで僕はギブが好きなんだろう」
後悔ではない、あてつけでもない、ただの疑問であるが、大きすぎるものだ。
「……本当に、自己愛でしかないんだろうか」
あのね、ギブ、言われてしまったんだ。
リユウは切りだした。誰とも知らないひとたちにね、素晴らしい発明ですね、イガラシの発明の仕上げとはいえ、こんなに出来が良ければさぞ幸せなことでしょう、だってさ。
「僕が幸せなのは、ギブと一緒だからなんだけれど、そのギブを、僕はどう認識しているんだろう。発明品として見ているから幸せなんだろうか。違うと思うんだよなあ、なんだろうなあ、気にしなければいいだけなのになあ、ギブの出来がいいから幸せだ、なんて、思ったこともないのにとても頭に来る言葉だった」
「ならば、これからそう思ってみたらどうだろうか」
「ギブの出来がいいから幸せだ、って?」
ふむふむ、と、リユウは部屋のドアの蝶番を眺めながら3秒考えた。
「そう思ってほしいの、ギブ?」
「私にとっては、けなし言葉ではないのだから」
「なるほどね」
ふんふん。リユウ2回頷いた。
「そもそも、リユウは立場上、甘える相手が私しかいないだろうに、その唯一を『出来がいい』などと言われたら、気分がいいものではないことは察するに難くない」
「ギブ、あのね?」
リユウが蝶番を見つめたまま言う。
「別に、ギブが褒められたから嫌なわけではないんだよ。これ以上はギブには言えないのだけれど、僕はギブを褒められるのは大歓迎だよ。でもね」
リユウの言葉は続かなかった。ギブが後ろから、リユウの首筋に口づけたのだ。
「私は、私が愛を知らないことに、何の負い目も感じていないよ、リユウ。言わずとも判る程度には何の負い目でもない。リユウは昔のラブ、愛を知っていた頃のラブを好きになっただろうか? 私よりもラブのほうにケーキの受け止め方やクッションの縫い方、鏡の贈り方を教えるだろうか? リユウがそれで幸せならば、教えたいだけ教えるがいいさ。そうでないのが、現実なのだろうから」
そうだね。リユウは呟くと、馬をなだめるように、顔の横のギブの頬を手のひらで撫でた。
「ギブ、ケーキを」
「ああ、持って来よう」
「ギブ」
リユウがギブに顔を寄せて、囁く。
「僕を、好きかい」
ギブはただ笑って、ケーキを取りに行く。
それでいい。リユウは大きな背中を見て、非常に大きな安心を覚えたのである。
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