犬よ兎を喰らうがいい

第六章 犬よ、兎よ、騎士よ、迷え【上】



「レポリィド君はクニヒト君をフラットコートって呼ぶんだねえ、仲良し同士の愛称みたいでいいんじゃないかな、何も知らない人はそう受け取るだろう。じゃあまあ、話そうか」
「センザウンドさん、クニヒトはどうだったんですか」
 レポリィドが、点滴ががしゃんと音を立てるほど身を乗り出して訊いた。
「生きてるよ。ただね……」
 センザウンドが左下を見て、右上を見た。
「ただ、何ですか?」
「んー、相当輸血されたから、いまシェファード君に会っても体のほとんどが他人の血なんだよね。今会っても楽しくないと思うよ。明日辺り会いに行っておいで。明日までにはきちんとシェファード君の血になっているだろう」
「そんなの、いいので、会いたいです」
「んー、いやね、心臓が濾過で忙しいだろうし、今じゃないほうがいいよ」
 センザウンドが言葉を選び、レポリィドを落ち着かせる。レポリィドもさすがに察し、「ごめんなさい」と手の甲の点滴針を見た。
「あとね、彼には戸籍をあげようと思うよ、シェファードとしてね。『クニヒト』の戸籍は消してしまっているし、二代目も襲名されたことだし、レポリィド君には可哀想だけれど、ね」
「はい……」
 レポリィドは終始残念そうに話を聞いていた。
 フラットコートはなんとなく面白くなかった。
(嫉妬、かなあ……ライカのときも僕は嫉妬で物事をだめにした。今回は抑えておこう)
 けれど、次の言葉には、抑えるどころの話ではなくなってしまった。
「それでなんだけど、シェファード君が回復したら、少し時間をとって、レポリィド君としばらく過ごさせてみようかと思う」
「な……センザウンドさん! どうして!」
「んーどうしたのクニヒト君。とりあえず病棟では静かにね」
 これが静かにしていられるか、と思ったが、レポリィドが「いいんですか」と訊いたので、ますます面白くなくなって、むっつりと「レポリィドを殺そうとした男なのに」と呟いて終わらせる。
「クニヒト君の心配もわかるけどね、今度はシェファード君の精神状態がひどく悪いんだ。神経衰弱もいいところなんだよ。レポリィド君となら、少し落ち着けるんじゃないかと思うんだ。医務開発課のウェルシュ先生を見張りにつけるから、シェファード君の回復のために少し我慢してほしい、クニヒト君。クニヒト君はシェファード君を、死んでほしいほど嫌い?」
 意地悪な訊き方をしてしまった、とセンザウンドは言葉を探すが、フラットコートが「そんなことはありません」と答えてしまったので続きを言わざるを得なくなる。
「だから、シェファード君が安定するようならそれでおしまい。安定しなくても、一泊二日くらいで打ち切る治療法だよ。クニヒト君、ぜんぶ私のせいにしていいから、少しこの治療に力を貸してほしい」
 初めて見るような真面目なセンザウンドに、クニヒトは気圧される。
「わかりました……」
「じゃあレポリィド君とクニヒト君は、普通に訓練を終えたら帰っていいよ。明日からレポリィド君を借りるから、クニヒト君はレポリィド君に優しくしてあげてね。じゃあ、解散! 騎士よ兎の誠実に感謝を」
「騎士よ兎の誠実に感謝を」
 レポリィドの反復に遅れ、フラットコートも反復する。
 センザウンドが部屋を出、フラットコートとレポリィドが残った。
「レポリィド、本当にその治療に携わるの?」
「もう決まったことなのでしょう」
「嫌じゃないかってこと」
「少し複雑な気持ちではありますが」
 レポリィドはフラットコートを窺い見た。
「いや、僕の顔色じゃなくて。レポリィドは、まだシェファードさんのことが好きなの?」
「……わかりません。フラットコートのことは、好きなはずです。でも、クニヒトがもし僕がいいって言ったら、と思うと、なんとも言えないんです。僕はまだ彼が好きなのかもしれませんが、その気持ちは彼の言うところの迷いなのかもしれません」
 その一フロア上では、シェファードが目を覚ましたところだった。
「自分の名前を言ってみてください」
 若い白衣の女性がシェファードを見ていた。
「俺は、クニヒト……いや、シェファードだ」
「問題ありませんね。早速ですが、あなたが体験したのは事故ですか?」
 目を閉じて、ここが現実なのだと実感する。ならば夢は見なかった。自分が手にかけた彼は、走馬灯を見ることができたのだろうか。
「オーヴィスを殺したのは、俺です」
「余罪も言えるなら言っておいたほうが」
「レポリィドに関する情報をテロ組織に提供しました」
「関与した人物は?」
「黙秘します」
「わかりました。お大事に」
 出ていこうとする女性を呼び止める。
「なんですの?」
「オーヴィスは死ねましたか」
「死にました」
 オーヴィスについていけなかった。彼の言うとおりになってしまった。シェファードはひどく悔しくて、きつく目を閉じた。オーヴィスの白い笑顔が瞼の裏に焼き付いている。見ているのがつらかったので、目を開けて女性ともう少し話すことにする。
「どうして俺は死ねなかったんでしょう」
 女性は録音機器を止めて、シェファードをまっすぐに見た。
「どこかで生きたいと思っていたのではありませんか」
「そんなことはないと思うんですが」
「平たく言うと、誰かに生きてほしいと頼まれませんでしたか?」
「それはありました」
「こういう話は好き嫌いが分かれるのですが、あなたには二人、生きてほしがっている人がいますね?」
「そう、ですね」
「片方はすぐに解決します。もう片方はしばらくかかります。しばらくかかるほうの人は、あなたを遠くで待っています。あなたが次を試みるのは自由ですが、その方は『幸せなあなた』に会いたいみたいです。そんなかんばせでは、何度試みても失敗しますでしょう」
 女性は何を見通してそんなことを言っているのだろう。疑問に思ったが、シェファードはおとなしく続きを待った。自分がついに理解できなかったレポリィドやオーヴィスとのコミュニケーションをさせてくれる女性かもしれない。
「笑って会いに行かれてください。ただ、そのしばらくかかるほうの人は、あなたを強く引っ張っています。いつ会うとしても大丈夫なように、あなたが幸せを絶やさず生きるよう気を付けることがそのかたの望みなのかもしれません」
「俺は、幸せだったと思うんですが」
「幸せかどうかは主観なので断言はできませんが、至上の幸せなんて、あるんでしょうか。もっともっと幸せになりたいと思い続けることは、いけないことでしょうか。欲望を押し殺して、面倒くさくて重くて救いのない人生を生きるのは、難しくありませんか。もっと幸せになるために頑張る過程が、幸せなような気がします。欲しがって、求めて、いいんですよ」
「そうですか」
「お大事にどうぞ」
 シェファードが会話を打ち切ると、女性が録音機材をまとめて部屋を出た。
 点滴の生えていない絆創膏だらけの左腕で頭上の担当医の札をとって見ると、『ライカ』と書いてあった。
「レポル、求めても、いいかい?」
 ひとりごとだった。
 求めると言っても、今更何をしろと言うのだろう。オーヴィスもレポリィドもひとりにした自分に許される欲求など、あるのだろうか。
 その呟きを聞いていたのだろうか、見慣れた顔が病室を覗いた。
「おおークニヒト君! 目が覚めた?」
「ウェルシュ」
「あ、もうクニヒト君じゃないんだったね。シェファード君か。ごめんね」
「どっちでも構わないよ」
「いやー、シェファード君には戸籍がつくらしいよ。センザウンドさんが言ってた。バーで生きていくといい、ってさ」
「別に、いらないのに」
 人生に楽しいことなど一つもない確信があった。
「もらえるものはもらっておきなよー。それで、シェファード君の状態だけど、すこぶる悪いんだね。シェファード君、レポリィド君のことは嫌い?」
「いや、嫌いではないけど、前みたいに愛せるかどうかはわからない。今回愛に失敗して、俺は愛が何なのかわからなくなってる」
「レポリィド君もねー、シェファード君が生きてるって言ったら、現彼氏とのことがよくわからなくなったみたいなんだよ。いい機会だし、二人で探してみたら? その愛っていうやつを」
「でも、レポルはもう相手がいるんだろう」
「だから、確認だけ。というか、私の見るところではお互いにお互いを諦めきれていないんだ。だからうまくまとまらない。したがって、二人で過ごしてみることで、なにかに気付けるんじゃないかな」
 シェファードが「そういうものかな」と問う。ウェルシュが「希望に裏切られるのはつらい? 絶望に添い遂げられるのとどっちがつらい?」と、彼の癖の難解な問いを投げかけた。
 そんなやりとりをしているうちに夕暮れになり、フラットコートとレポリィドが居心地の悪い帰途についていた。
「レポリィド、シェファードさんのこと、訊いてもいい?」
「なんでもどうぞ」
 フラットコートは言葉を選ぶ。レポリィドは何ともない風に待つ。
「どうしてシェファードさんのこと、好きになったの」
「……どうしてか、ですか」
 今度はレポリィドが言葉を探した。言葉を探しながら、中身がないことに気付いた。
「そこに居たから、でしょうか」
「僕のことも、そう?」
「いえ、フラットコートには、何度もお世話になっているうちに、だんだんと」
 寮に着いた。自然、会話が切り替わる。
「レポリィド、甘いものは嫌い?」
「いえ、好きなほうです」
「プリン、食べない?」
「プリン、ですか」
 レポリィドは久しぶりにその単語を聞いた。九年ぶりくらいではなかろうか。
「本格的なのじゃないんだけど、僕は困ったときはプリンを食べるんだ。どんなに偽物のプリンでも、プリンを食べるとなんとなく元気になる」
 フラットコートが、食器棚の隅から六センチメートル四方ほどの平たい袋を二つ取り出した。
「水に溶くだけでできるから簡単だし、おいしいんだ。レポリィドがもしこの偽物プリンを気に入ったら、シェファードさんに食べさせてみてほしい。結構真面目に元気出るよ」
 専用ではないありふれたカップに、袋を破いて出てきた白い粉を開ける。水を注いで混ぜると次第にクリーム色になる。
「今日は食欲はどう、レポリィド?」
「食欲はありませんが、そのプリンは食べてみたいです」
 二人でベッドに腰掛け、ぷるぷるとおいしそうに震えるプリンをスプーンでつついた。
「おいしいです、甘い」
 凝り固まっていたレポリィドの表情が柔らかくなる。
 プリンを食べ終わり、どちらからともなくキスをした。
「レポリィド、今日も、していい?」
 レポリィドは少し考えた。
「僕もしたいような気分なんですが、たぶん今すると、僕はクニヒトを呼んでしまう。フラットコートがせっかくしてくれていることを、『ありがとうクニヒト』と言いかねないくらい、混乱しています」
「それでも僕は、構わないんだけど。レポリィドがつらい?」
「いえ……ひとりで悶々と眠るよりは、何もわからなくなるほど乱れたい感じがします」
「じゃあ、しよう」
「ええ」
 再度キスをする。プリンの味は薄れ、互いの唾液の味がした。すぐ横のベッドに体を預ける。
 フラットコートがレポリィドの服を脱がせていく。レポリィドもフラットコートに同様のことをした。
「っあ」
 レポリィドの露わな背に手を伸ばしたフラットコートの髪がレポリィドの首をくすぐり、レポリィドは思わず声を上げた。
「首、好きだよね」
「ん、ぁ、う」
 何度も口づけを繰り返し、フラットコートはレポリィドの浮き上がる腰骨に手をやった。押さえつけ、骨の側面に痕が残らない程度に吸い付く。レポリィドの明日を思っての自重だった。
「クニヒト、ごめんなさい、クニヒト」
 どちらを呼んでいるのかわからなかったので、フラットコートは何も答えない。別に思ったほど気分は悪くなかった。
「クニヒト、何か言って」
 レポリィドの腰骨を抱き寄せるようにして密着し、フラットコートはレポリィドを見た。
「うん、クニヒトでいいよ」
「ん、クニヒト、あったかい」
「うん、あったかいね」
「クニヒト」
「うん」
「ごめんね」
 レポリィドが体を震わせる。興奮もあろうが、そうでないものもあるようだ。
「クニヒトにこういうことしてもらってるのに、クニヒトのこと考えられなくて、ごめんね」
 その声が揺らぐ。フラットコートはレポリィドの脇腹に口づけながら、レポリィドの眦を拭った。想像通り、涙で濡れている。
「ごめんね」
 繰り返す謝罪に、さて、何と答えたものだろう。できるだけ行為に没頭できるようにしたい。
「クニヒトが悪いよ」
 そう言ってみると、想像通り「クニヒトは悪くないよ」と返ってくる。
「レポリィドを寂しくさせたクニヒトが悪いんだよ。レポリィドはいい子で待ってるのに」
 レポリィドの頬を撫でていた手を少し離すと、彼の顔の横の辺りに手のひらが投げ出されていた。指を絡め、シーツに縫いとめる。そうするとその手がぎゅっと握り返される。
「勝手でごめんね」
「ううん」
 レポリィドの腰が焦れる。
「クニヒト、もっとたくさん、勝手なこと、して」
「うん」
「いっぱい、して」
 レポリィドが自由なほうの手でフラットコートの肩に触れた。すぐに離れる。寂しがっている小動物のようだった。
「レポリィド、僕、下手だよ」
「ん、クニヒトにされるなら気持ちいいから、クニヒトが満足できるように、して。下手かどうかはされないとわからない」
 レポリィドの平たい胸に手を這わせると、逆の手が強く握られる。
 楽しかったので顔も上げ、舌も這わせる。
「あ、あっ、ん、」
 レポリィドは慌てて逆の手で口を塞いだ。
 凝り固まった頂を舐り、撫ぜる。
「んん、う、ん!」
 顔を振って耐えるレポリィドの髪が握られた手の甲にあたってくすぐったかった。
 フラットコートはレポリィドに半端に脱がされた自分のボトムの太ももに、レポリィドの熱を感じた。押し当てられ、脈打っている。
「レポリィドは、本当にクニヒトが好きなんだね」
「ん、ん」
 レポリィドは何度も頷く。
「じゃあちょっと、勝手なお願い、しようかな」
 レポリィドが閉じていた瞳を開け、フラットコートと目線を結ぶ。
「ごめんね、ゴムつける間、自分でしてみてくれないかな」
「ん、クニヒト、どうして?」
「見てみたい」
「僕、下手ですよ、そういうの」
「見てみないとわからない、って、さっき似たようなこと、自分で言ったろ?」
「恥ずかしい」
「無理にとは言わないけど。僕も下手だから、準備はレポリィドがしてくれたほうが安心して抱ける感じがするんだ」
「……うん、じゃあ、する」
 フラットコートがポケットから避妊具を取り出し、装着する。レポリィドは手に愛液をなじませていた。
「クニヒト、キス、してて、声、出ないように」
「うん」
 フラットコートはレポリィドの脚を体で割り、口づけた。レポリィドは小柄なので、フラットコートの腰とレポリィドの腰は少しずれる。その隙間から手が伸ばされ、レポリィドは自分を慣らし始めた。
 舌を絡ませると、濡れた音が響く。上からか下からかなど、問題にならない。
「んん! ん、う、ん」
 レポリィドは確かに稚拙な触れ方で双方焦れるばかりだった。
 うまくできない、というようにレポリィドが嫌がるような声を上げた。
 いちど唇を離す。
「僕にやらせて」
「ごめ、なさ、やっぱり、下手、ですね」
 フラットコートもレポリィドの下肢に手を伸ばし、彼が懸命に広げているそこに、人差し指を押し込んだ。
「ンっ! んぅあ、ん、クニヒ、ん、」
 逃れようとする唇を捕え直す。
「ん、」
 入口がほぐれ、中が待ち望んだようにフラットコートを歓迎する。絡みつき、熱い。
「んん、ぁん、」
 レポリィドが次第に嫌がるようなしぐさをし始める。フラットコートは少し心配になって唇を離した。
「レポリィド」
「ん、クニヒト、もう、だめ、入れて、お願い」
 レポリィドの興奮は蜜を溢れさせ、とろりと腹部に滴っている。
「大丈夫?」
「いい、いいから、お願い、入れて」
 フラットコートがライカに散々言われたのは、『欲しいときにくれない』ということだった。フラットコートは思い遣る気持ちばかりが先走り、怖がりだった。気分が乗ってしまえば自由に動けるのだが、導入がいつも冗長だと言われ続けていた。
「うん、じゃあ、入れるよ」
 フラットコートも滾った体をそこに宛がい、ゆっくりと沈めていく。
「ん、う……うぁ、」
「大丈夫?」
「はい、平気」
 レポリィドは浅い呼吸を繰り返し、フラットコートを飲み込もうとする。
「つらかったら、言ってね」
「はい……」
 フラットコートはゆっくりと動き始める。尻たぶに添えられるだけになっていたレポリィドの右手に、先程と同様に指を絡ませる。逆の手でレポリィドの腰骨を押さえた。
 唇をつなぎ、少し奥まで突いてみる。こもった嬌声が二人の口の中でびりびりと鳴った。
 謝罪するように腰を引くと、物欲しげに内壁が吸い付き、まるで出ていくのを嫌がるように絡んだ。
「ん、んく、ん……ぅん」
 次第に動きが激しくなっていく。その切っ先が、ある個所をかすめた。
「んんんっ!」
 高く響いた声に、フラットコートは思わず唇を離してしまう。レポリィドが真っ赤に頬を染め、必死に息を継いだ。
「どう、したの、大丈夫?」
「は、クニヒト、そこ、そこ……」
「ごめん」
「ん、ちが……すごく、よくて」
 わたわたとしてしまうフラットコートはもともと男性に興味がなかったため、『そこ』がいい場所だなど知らなかった。
「もっと、して」
 レポリィドが恥じらいに声を掠れさせる。フラットコートは恐々としながらも、もう一度唇を合わせ、そこを突いた。
「んん! んうっ、ん!」
 きつく締まるのが気持ちよくて、フラットコートもペースをつかみ始める。
「んっん、ぅんんっ! ふ……んぐ、ん」
 ほぼ一定になったリズムに、レポリィドは追い上げられていく。体が充分に酸素を得られないのも拍車をかけていた。
「んん、ぁ、」
 自由な片手で、フラットコートの胸を押した。
「ん、レポリィド……?」
「は、ぁ、クニヒト、イきそう、なので」
「うん、僕も、もう」
 腰使いを止めないまま会話をする。顔を離してみると、腰を引く際にレポリィドの肩が震えるのがたまらなく欲をそそった。
「ん、じゃあ、イっても、いい……?」
「うん、イこう」
 再度唇を合わせ、先程レポリィドが善がった場所を小刻みに突く。物欲しげに締め付け絡む中が痙攣し、その快楽にフラットコートは強く先端をその場所に押し付けた。
「ぅ、んんんっ! んっんん!」
 レポリィドがきつく体を強張らせ、口に手を当てた。そして二人の腹の間に白濁を吐き出す。その痙攣でフラットコートも達した。
 唇を離す。
「はあ、は、ん、フラットコート、気持ち、よかった」
「よかった」
「フラットコートは、ちゃんと気持ちよかった?」
「うん、ちゃんと、すごく気持ちよかったよ」
 そっと凶器を引き抜く。感謝するように中がひくついた。
「ん……フラットコートは、優しいです」
「レポリィドが優しくさせてるんだよ」
 レポリィドは小さく笑った。フラットコートはその腹に散ったぬめりをベッドサイドのティッシュで拭う。ゴムも外した。
「ありがとうございます」
「ううん、僕も、したいようにしてるだけだよ」
「もっとしたいことあったら、言ってくださいね」
 おおかた処理をし終えたフラットコートの首に腕を回し、レポリィドは甘えるように引き寄せた。二人でベッドに並んで寝転がる。
「このまま寝てもいいですか?」
「うん、僕ももう寝ようかな」
 明日が来なければいい、と、フラットコートは口に出せなかった。そして当然のように眠って、当然のように朝が来た。また代わる代わるシャワーを浴びた。レポリィドの髪が湯気を立てているのが可愛らしかった。
「もう、出ますか?」
「うん、行こうか」
 新しいシャツに腕を通し、ボタンを留める。レポリィドのそれを外す男の存在を、フラットコートは考えないようにした。
「じゃあ、出よう」
 寮を出て、歩く。
 レポリィドは昨晩を思い出す。『クニヒト』とは似ても似つかない抱き方だった。けれど、あんな風に不器用ながらに優しく抱かれたことはあっただろうか。今、自分は誰に抱かれたいのだろう。

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