犬よ兎を喰らうがいい

第八章 犬よ、兎を喰らうがいい



 さて、寮に着き、元気な兎は「少しだけお酒が飲みたい」と甘えた。
「ああ、そうだ、ベルナルドが鮭とばをくれたんだ」
「しゃけとば?」
「干した鮭だよ。おいしいんだってさ」
 冷蔵庫に入れてあったこの前の残りの酒と、上着に入れっぱなしだった鮭とばで乾杯する。
「あ、これおいしい」
 鮭とばをあぐあぐと噛みながら、レポリィドは言う。
「お酒に合うね」
「ちょっと前はこんなに高価じゃなかったんだけどね。その頃は酒といえば鮭とばだったよ、僕は」
「プリンじゃなくて?」
「ああ、プリンも出そう」
 フラットコートがプリンの素を棚からとり、水で溶く。
「プリン、おいしいんだけど、酒にプリンって言うとなんとなく格好がつかない感じがして言い難い」
「そうかな」
「でも、レポリィドと一緒なら気にしないで食べられていいな」
 席に戻り、二人分のプリンを置いて酒を一気にあおった。
 レポリィドは早速プリンをつついている。
「これ、どこで買うの?」
「ライカの趣味だったんだ、お菓子作り。ライカからもらった」
「ライカさんとはあんまり会わないんでしょう? 僕が食べちゃっていいの?」
「ライカは結構作ったものをばらまくから、欲しいって言えばくれるんじゃないかな」
「ふうん」
 レポリィドがおいしそうにプリンを口に運んでいる。そのあと鮭とばをかじった。
 そうしている間に酔いが回り始め、レポリィドが深呼吸した。
「酔ってきた」
 赤い頬と紅をさしたような唇がそんな言葉を紡ぐ。
 フラットコートは鮭とばの最後の一切れを飲み込み、席を立ってレポリィドをベッドに浅めに腰掛けさせた。フラットコートは脚の間に陣取る。
「ん……フラットコート、したい」
「僕も」
「じゃあ、しようよ」
「待って」
 言いながらもフラットコートはレポリィドの服を脱がせていく。レポリィドの止めようとしたような手がフラットコートの腕に引っかかって、独特の気怠さを演出していた。
「あ、これ」
「うん?」
 レポリィドが何かに気付き、胴を伸ばした。兎の耳のカチューシャを手に取り、着用した。
「気に入ってるんだね。それはなんなの?」
「センザウンドさんがくれたんだ」
「今度そういうのを売ってるお店を教わろうか」
 フラットコートの言葉に、レポリィドはくすくすと笑いをこぼした。
「行くの、恥ずかしい」
 フラットコートも同様だったので、軽く笑うにとどめる。
「僕だけ、脱ぐの?」
「今日は、レポリィドを気持ちよくしてあげる日」
「一緒に気持ちよくなりたい」
 フラットコートはレポリィドのベルトを外させ、ボトムのボタンとジッパーを緩めさせた。
「僕も、口でしてみたい。前にレポリィドが上手にしてくれて気持ちよかったから。やったことないから、へたかもしれないけど」
 レポリィドは酔いだけでない真っ赤な頬で「フラットコートの初めてを、くれるの?」と訊いた。そして「僕はなにも初めてのことがなくてごめん」と、不思議な謝り方をした。
「全然気にすることじゃないよ、レポリィド」
 なかなか許可が下りないので、胴を伸ばして唇を合わせた。互いにとても熱くなっていた。
「むしろ、どういうふうにしたらレポリィドが気持ちいいのか、教えて?」
「ん……じゃあ、して」
「うん」
 フラットコートはレポリィドの硬さを口に含んだ。粘膜越しに脈打ち、溢れるぬめりは苦かった。レポリィドでも苦いんだな、と、当たり前のことを考える。
「ん、んっう、」
 もう癖なのだろう、手で口を押えるレポリィドのその手をどかしてやる。
「そっか、ん、もう、声、大丈夫なんだ」
 レポリィドが恥ずかしそうに言った。
 フラットコートの笑った息がレポリィドをくすぐり、内腿をひくひくと震わせた。
「あ、んあ……ふふ、そこで、笑わない、で、フラットコート」
 応えるように小さく響いたレポリィドの吐息の笑いが、たまらなく腰に響く。
 口で吸いついたまま少し出し入れしてみる。
「ぁあ、っく、フラット、コート、きもちい、」
 レポリィドの脚がフラットコートに絡む。その脚を抱えあげ、ひっくり返ったレポリィドに覆いかぶさるように襲いかかった。兎の耳がシーツに溺れる。
 肌蹴たシャツを敢えて剥かずに、上着の下、シャツの上からレポリィドの体を撫でる。
「あ……ふ、ぁあ、ん、じれったい」
「焦れて見せて」
 口を離してフラットコートは笑う。
「意地悪、フラットコート……ひゃ」
 シャツ越しでも敏感になった頂への刺激にレポリィドの体が跳ねる。再度口に含んだ熱の塊が限界を訴えるようにひくんと震えた。
「フラットコート、ん、もう、離して」
 フラットコートが顔をあげると、体をよじったせいでレポリィドのシャツは左胸を露わにしながら乱れ、柔らかな髪がシーツに散っている。
 荒い呼吸を繰り返し、レポリィドは恥じらうように、気持ちばかりシャツを整えた。
「もう脱がせるのに」
「じゃあフラットコートも脱がせる」
「ふふ、いいよ」
 互いに服に手を伸ばし、脱がせあう。フラットコートの腕がするりとシャツから抜かれた。レポリィドのボトムも脱ぎ落される。
 レポリィドの胸の辺りをまさぐっていたフラットコートの手が、凸凹を見つける。
「レポリィド、これ」
「ん、テロのひとに刺された時の傷、残っちゃったみたい」
 基本的に、レポリィドの体はなめらかとは言えない。何度も繰り返した裂傷で、二の腕だけで五か所ほど、触れてわかる傷が残っている。
 フラットコートはレポリィドのシャツのボタンを外し終え、その傷に舌を寄せる。もう赤みは引いているが、犬が傷を癒すときのように舐めはじめた。
 フラットコートの髪が、傷の近くのぷくりと腫れた桃色のそこに擦れてくすぐったい。焦らされているのだと思い始めるまで、さして時間はかからなかった。
「フラットコート、や、ちゃんと、舐めて」
 フラットコートは少し悪戯な感じに笑った。
「舐めてほしいの?」
 ただでさえ赤い頬を更に上気させたかと思うと、瞬間、レポリィドも悪戯に笑う。背を丸め、強くフラットコートを引き寄せて強引な口づけをした。
「んっ、ん、」
「……ん」
 唇同士が求め合い、フラットコートが口づけをしたまま体を起こしてレポリィドを押し倒す。シーツにレポリィドの後頭部を押し付け、深く唇を繋げる。
 レポリィドの手がフラットコートの下肢に伸ばされ、そっとそこを包んで緩く扱き始めた。
「ん、レポリィ、ド」
 フラットコートが離した唇を、けれど許さず、レポリィドが追う。その口にフラットコートは、右手の中指と薬指を突っ込んだ。
「ん、んむ」
 不満げな声が上がったのも一瞬で、すぐに従順に、ぴちゃぴちゃと指を舐め始める。指だというのに、レポリィドの口腔は熱く柔らかで、気持ちがよかった。
 下肢を扱かれながら、レポリィドの舌と戯れる。
 頬から耳にかけてを撫でると、レポリィドが薄く目を開けて色っぽく笑い、指に甘く歯を立てた。吐息が手の甲をくすぐる。
 満足に似た気持ちを覚え、指を引き抜いた。そのままレポリィドの右脚を折り、口から抜いた指を後ろに押し込む。
「んあ……あ、あ、」
 ゆっくりと馴染ませるように動かす。気まぐれに指を曲げると、レポリィドが悩ましく眉を寄せる。
「ううんっ……ちが、そこじゃな……」
 指を入れるとよくわかる、そのレポリィドの求める箇所を、何度かやんわりと撫でる。それだけでレポリィドは嬌声をこぼす。頭が振られ、兎の耳が暴れる。
「んぁあ、あっぁ、だめ、フラットコート、だめ、だめ」
「だめなの?」
「やっ、やめないで」
 指を抜こうとしたフラットコートを引き留めようとするように中が締め付けた。
「ふふ、大丈夫、やめないよ」
「ん、うん、フラットコート、もっとして、もっと」
 今度は少し押すようにそこを刺激してみる。体中に走る痺れのような感覚を、レポリィドは体を痙攣させて受け入れる。
「んううっ! あ、っは、ぁああ!」
 そこを繰り返し刺激するうちに、指二本を飲み込むのが苦しそうだった入口が、もっと広げてほしいと言いたげに、ひくひくとフラットコートを求め始める。
「レポリィド、入れても大丈夫?」
「ん、フラットコート、欲しい」
 フラットコートに添えられていたレポリィドの手が、思い出したようにフラットコートを扱く。「もう大丈夫」とその手を離させ、背に腕を回させる。
「じゃあ、入れるよ」
「ん、はい、入れて」
 レポリィドの両脚を抱えあげ、フラットコートはゆっくりと体を沈める。
「う、ん、あ、あ……あ、」
「大丈夫?」
「だ、いじょうぶ、もっと、奥、」
「苦しくなくなったらね」
「平気、だから、もっと」
 割り開かれた中が息苦しそうに熱く腫れ上がっている。気持ちいいには気持ちいいが、レポリィドの中は、慣れればもっと扇情的に煽ってくるものだ。
 けれどしばらくお預けを食らっていたフラットコートの体は待つに待てず、少しずつ体が凶暴に動きたがりはじめていた。レポリィドが「いいから、動いて」と煽るものだからなおさらだ。
 少し奥まで押し込んでみる。
「んんぅ……ふ、ぅう、ん」
 まだ苦しそうだったため、少し引く。
「あぁんあ、あ、」
 手探りの動きがレポリィドを煽った。レポリィドはフラットコートの下敷きでありながら、自分も腰を遣い始める。
「あぅあ、ん、んん、」
「く、レポリィド、すごい」
 レポリィドの腰が揺らめき、フラットコートが中を掻きまわすような動きをさせられる。
「レポリィド、ちょっとだけ、待って」
「や、待てない、中に出して」
「だって」
「いい、平気、ちょうだい」
 まあいいかな、と、そんな気持ちにさせられ、少し勢いをつけてフラットコートが奥まで埋められた。
「あぐっ、ぁ、んあ、あ」
「もっと、動くよ」
「ん、はい、もっと、ほしい」
 ぱしり、ぱしりと肉のぶつかる音が鳴り始める。
「あ、あっ、あ、」
 深く、勢いをつけて奥まで入れる。絡む内壁を愉しみながらゆっくりと抜き、また奥まで、という動作を繰り返す。
 スパンが定まり、レポリィドも合わせる。欲しい箇所に当たるように、腰の傾きを調節する。
「んぁあ、あ、もっと、ああぁ、」
 更に急かされたように、フラットコートは欲望のままに腰を動かす。レポリィドの中が歓迎するように引き攣れた。
「あっ、あっあ、あっ、」
 限界が近いようだ。互いに、規則的な吐息、嬌声、動きを繰り返す。その過程も通り過ぎると、レポリィドが悲鳴じみた声を上げ始める。
「あぁあ、んや、ああ、イってい、あ! んん、イっていい、イっていい……?」
「ん、いいよ」
「あ、フラットコート、イく、あ、あぁ、っひ、あ、ああああぁあっ! あ、あぁあ、あ!」
 二人の腹の間に白が散らばり、フラットコートを迎えている柔らかな壁は奥までいざなうように痙攣する。フラットコートは息を詰めて波をやり過ごし、レポリィドの絶頂の間も刺激を与え続ける。
「あぁあああ! あああっ! やあぁ、だめ、ああっ!」
 絶頂の最中だというのに容赦ない動きを止めないフラットコートを、レポリィドは掻き抱くようにして、気のふれそうな快楽を受け止める。
「ん、あ、はぁあ、だめ、もう一回、だめ、またイっちゃう、フラットコート、あ、」
「ん、いいよ、もっかい、イってみて」
「あ、やああぁ、あああ! ぁあっあっ、んぁ、ふああっ!」
 休む間もなく、レポリィドは二度目の絶頂を迎えた。再度びゅくびゅくと吐き出される欲が飛び散り、その頃にはフラットコートも中で果てていた。
 フラットコートが体の力を抜き、レポリィドに覆い被さる。二人で息を整えた。
「ん、レポリィド、ごめん、中に」
「欲しかったから、いい。中にもらったから、僕はちゃんとフラットコートのものになれた」
 レポリィドは犬がマーキングをするような言い方をした。
「しあわせ」
 レポリィドとフラットコートは、情欲の色のないキスを交わし、身を寄せ合って眠った。
 その頃、バー『ケンネル』では、酔いつぶれた一同にシェファードが処置をしていた。冷たいレモン水を飲ませ、戻しそうな輩の背をさする。センザウンドはぴんぴんしており、端末で、フラットコートによる『クニヒト』の引退の書類のレイアウトをナース片目にしたためていた。
 ライカは風俗街で小遣いを稼いでいたし、ウェルシュは夜勤で白衣のままだった。専務は自供の覚悟を決めたところだった。
 レモン水の調達にバックルームに入り、ふっと思い立って、シェファードは手持ちの注射針をすべて処分した。
 バーの復活を、翌日訪れたベルナルドはとても喜んだ。その日のシェファードの昼食は、フラットコートがレポリィドを介して渡したプリンだった。
 翌日出勤したレポリィドにプリンの感想を伝えると、嬉しそうに「よかった」と笑んだ。
「フラットコートにも伝えておく」と、大人びてしまったその表情、声音、体つきを、不思議と抱こうとは思えなかった。
 バックルームの小さな机には、シェファードの最後の恋の写真がいつまでも笑い続けている。



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