犬よ兎を喰らうがいい

細い脚、ガーターベルト



「レポリィド、プリン食べない?」
「あ、はい、食べたい、ありがとう」
 フラットコートは困り切っていた。この恋人は、一向に太ってくれない。いつまでも病的に痩せたままだ。
「シャーベットもあるよ」
「ありがとう、でも、両方は食べられない」
 ぶくぶくに太らせたいわけではない。ただ、シェファードとフラットコートの間で、とある目標が生まれていたのだ。
 レポリィドにガーターベルトをつけさせること。
 今のレポリィドの脚はとてもガーターベルトなどつけられない。細すぎて、皮膚にガーターベルトが密着してくれないだろう。レポリィドが眠っている間にこっそりサイズを測ったフラットコートが驚いてしまったほど、レポリィドの脚は細い。
 健康的な体型になってほしい、と、伝えるのは簡単だった。けれど、裏にこういった事情が先に生まれてしまった以上、そのような破廉恥なことは今までのフラットコートにはできなかった。
「フラットコート、現場、大変なの?」
「え? ああいや、どうして? 大変じゃないよ」
「フラットコートが最近、たくさん食べ物を買って来るから。おなかがすくなら、僕の分を食べて」
 いけない。それはいけない。せっかくレポリィドが規則正しく食事をとってくれるようになったのだ。それで3キログラムほど体重が増えたようだが、まだまだ、細い。困った。
「レポリィド」
 フラットコートは意を決して、レポリィドをベッドに押し付けた。
「や、なに……?」
「話がある」
 それだけで目を潤ませてしまったこの兎に申し訳なくなりながら、フラットコートはベッドに正座をした。フラットコートが息と言葉を整えていると、レポリィドものっぴきならない雰囲気を感じ取ったのか、フラットコートの前に向き合って同様に正座をした。
「レポリィド、職場はどう?」
「楽しくやってるよ」
「そう」
 会話が途切れた。
「シェファードさんは?」
「よくしてくれてる」
「そう」
 また会話が途切れた。
「フラッ……」
「レポリィド、あのね、着てほしい服があるんだ」
「え? はい、着るよ」
 フラットコートが何か言い難いのではないかと声をかけようとしたレポリィドは、そんな欲求に面食らった。
「できたら、もう少し肉付きがよくなってから着てほしいんだ」
「肉付き? だからフラットコート、最近いっぱい食べ物を買ってきていたの?」
「そう。シェファードさんと僕で、レポリィドに着てほしい服があって。でも、そんな太ってほしいってわけじゃない。出会ったころよりレポリィドはずっと健康的に近くなってきてる。そこは嬉しい。それに僕も今のレポリィドを愛せないわけじゃない。でも、できたらもう少し、もう少しだけ、たくさん食べてほしい」
「わかった。じゃあシャーベットも食べる。それでもっとフラットコートに愛される」
 レポリィドは屈託なく笑った。
 そして一緒にシャーベットを食べた。メロンのような糖分の味がした。レポリィドとフラットコートで3人前を食べた。おいしいねと笑いあった。
 けれど、翌日レポリィドはおなかを壊してしまった。ウェルシュに点滴を打たれるレポリィドを久しぶりに見て、フラットコートは泣きたくなった。自分の勝手な都合でレポリィドは苦しんでいる。可哀想以外のなんでもない。
 レポリィドが、おなかを壊した自分のそばにいてほしくない、とフラットコートに言ったため、フラットコートは休憩を取っていたライカにこの件を相談した。あからさまに嫌そうな顔をされたが構わず事の顛末を話した。
「だいたい、スカートでもないのだからガーターベルトなんて見えないというのに」
「見えなくていいんだ。僕だけが知っているレポリィドの秘密っていうのがいい」
「でもシェファード様もご存知なのでしょう」
「いいんだ、その辺はいいんだ」
「お袖留めとかではいけませんの?」
「それは何?」
「手のガーターベルトみたいなものです。あなたに振り回されるレポリィド様が本当にいたわしい」
 手のガーターベルト、という言葉にそわそわとしたフラットコートを、ライカは発情期のやかましい犬を見る目で見た。
「作って差し上げましょう。だから早くわたくしに休憩を頂戴。わたくしも休みたいわ」
「ああ、ごめん。あ、ライカのプリン、おいしく食べてるよ」
 するとライカは久しぶりに微笑んだ。多少フラットコートにあたりがきついが、基本的にいい女なのだ。
「カロリーを増しておきます。来週プリンとお袖留めと取りに来て頂戴な。レポリィド様が心配だわ、こんな男の前でお袖留めなんてつけるだなんて」
 そんなにすごいものなのか、と生唾を飲み込んだフラットコートは、約束通り次の週にるんるんとお袖留めを取りに来た。
 なんのことはない、ただの手首のカフスだった。レエスがついて可愛らしいが、ガーターベルトとは程遠い。フラットコートは軽く肩を落とした。
 けれど、ライカのセンスは間違いなく正しかった。お袖留めをつけて出勤したレポリィドは、褒められた褒められたと嬉しそうにフラットコートに報告してきた。
 ガーターベルトにない喜びであることは間違いない。シェファードにこの旨をメールで送ると、シェファードも気に入ったらしい。何よりだ。大団円だ。
 フラットコートは携帯端末のお気に入り欄からガーターベルトのページを削除した。
 何が大団円か、など、ライカのお袖留めは緩く作ってあったため、レポリィドの太ももにジャストフィットしたのだ。レポリィドの寝込みを狙って片脚に着けさせると、これがまあ素晴らしく、たまらないのだ。


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