犬よ兎を喰らうがいい

いかがわしい上司と恋人



「あっあっあっ、だめ、だめだめ、やだぁ、待って待って、だめぇっ」
 ケンネルの扉を開くと、そんないかがわしい声が聞こえてきた。フラットコートのまごうことなき恋人の声だ。
「これからが面白いんだからもうちょっと我慢して」
「センザウンドさん、だめ、僕それだめ、お願いします……!」
「もう少し」
「ぁあああぁあっ!」
「ほぉら」
 上司の声も聞こえる。
 フラットコートはタイムを計る係がいないのが惜しいほどのダッシュを繰り出し、バーの奥に駆け込んだ。
「レポリィド!」
「ああああぁああ!」
 恋人が耳をふさいで絶叫している。上司がぽかんとフラットコートを見ている。フラットコートもぽかんとしている。
「あぁああぁ!」
 恋人はまだ絶叫している。怖い思いをしたのだろう、可哀想に。
 その絶叫を背景に、センザウンドが「ごめんごめん」と頬を掻いた。
「こういうの、知らなさそうだと思ったから。刺激的で、いいと思わない?」
「ああああぁああぁ」
「でも、ちょーっとやりすぎちゃったかもしれないね。これから気を付けよう」
「あぁあああ」
「レポリィド君、レポリィド君!」
「ああぁああああ」
 センザウンドの呼びかけにも応えず、レポリィドは必死に叫んでいる。目をきつく閉じ、両耳を塞いでいる。
「困ったなあ、私のセクハラはいまに始まったことじゃないけれど、まああとは任せた、彼氏らしく助けてあげて」
 センザウンドがぽんとフラットコートの肩を叩いてバーを出た。
「レポリィド」
「ああああぁ」
「レポリィド!」
 背中に腕を回して、きつく抱きしめる。レポリィドは息を竦めさせて悲鳴をやめ、目を開けた。
「フラットコート……?」
「そう、僕だよ、何も怖くないよ」
「だって、テレビから女の人が」
「フィクション」
「フィクション……」
 レポリィドはホラー映画を見ていたようだ。
「初めて見たの?」
「はい……」
「見たいって言ったの?」
「……はい、フラットコートの机にあったから……」
 ベルナルドがふざけて置いていったディスクだろう。確かに僕も話題作と言うことで気になっていた。
「一緒に見る?」
「もう、見たくない……」
 レポリィドがフラットコートに縋り付いてすんすんと鼻を鳴らしている。
 悪くない気分だ。
「これからは僕のものは僕と一緒に見よう」
「はい、ごめんなさい」
 ただ、かわいそうなので、フラットコートはディスクを早送りして、別な番組にした。
 それはいいのだがアダルトビデオが始まってしまった。
 そこに出勤してきたシェファードさんには、可哀想なことをしたと思っている。


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