死なせない

治してやるから死なせない



 ミチがとうとう胃を壊した。ハバネロチップス4缶とダブルチーズバーガーを6つ食べた翌日、吐き気を訴えて立てなくなったのだ。
 病院へ行き、それから4日経った。薬も処方され、一応立ち上がれるようになったが、まだ吐き気が抜けず、体重は4キロ減ったという。
 僕はいま大学の帰りで、ミチに与えるゼリーを探している。ミチは吐き気できちんと眠れないため、常に楽な姿勢で横になっているよう言ってある。そのミチに、ゼリーの味を訊くため、電話をかけている。
 呼び出し音が止み、衣擦れの音がする。きちんと横になっていたようだ。
「ミチ、バナナ味あるよ」
 ミチが反応したものを買って帰ることにしている。別段嫌ではないし、尽くしているとも思っていない。当然のことだ。ミチはむしろ僕に何かあると僕がミチにする以上に僕を大切に労ってくれる。
「ライチ」
「んー」
「チョコレート」
「ん……」
「チーズ」
「あ、それ」
 ミチが食べる割に太らないのは、このタンパク質を好む気質故だろうか。
 会計を済ませたらすぐに帰る。鍵を開けると、狭いアパート、ミチがベッドから手を振るのが見える。
「ただいま、ミチ」
「おかえりい」
「調子は?」
「すごい食欲。ピザ食べたいような錯覚起きてる。食べたら吐くから食べない」
「それがいいね。ちなみに何味」
「照り焼きチキンと、8種のチーズと、あと健斗が好きなやつ」
「スパイシーウインナーとか、ジェノヴェーゼとか食べたいな。治ったら食べようか」
「食べたい。治す」
「ミチは悪くないからね。あのときは食べないと生きていられなかったから食べた、比較的悪いことじゃないよ。代わりに、切ってないんでしょう」
「切ってない」
「頑張ったよ。よくなったらピザ食べよう、ご褒美あげないと。だんだん僕以外への依存がなくなっていけばいいね、だんだんだよ」
 僕はミチが仰向けに寝ているベッドに近づき、お腹のあたりに布団の上から触れた。
「眠れてる?」
「吐き気とお腹すいてる錯覚で目が覚める」
「そっか。ゼリー飲む?」
「うーん、まだいい。ごめん健斗、元気になったらピザ食べたくなくなってるかも」
「大丈夫だよ、我慢できなくなってひとりでLサイズ一気に食べちゃうよりずっといいじゃない。僕はいつでも付き合えるからさ」
 僕はポジティブだとよく言われる。こういうことを深く考えず言えるのは、そういう性格ゆえなのかもしれない。
 だけれどたまに、ミチに泣かれてしまう。弱っているときに甘えを許されると泣きたくなる、それを体現してしまうようだ。
「健斗」
「なあに」
「やっぱ健斗が行きたがってたうどん屋がいい」
「急にどうしたのさ」
 僕が笑うと、ミチも笑った。まだ苦しそうだ。
「讃岐うどん食べたい。ナスの天ぷらとネギ大盛り。デザートにビエネッタ」
「ああ、今年のビエネッタ、僕も興味ある」
「早く治すから一緒に行きたい」
「もちろんだよ。ミチ、隣いい?」
「ああ」
 横になっているミチの隣に寝転がる。ミチが温めてくれていた布団は居心地がいい。
 ミチが僕の腰に腕を回し、密着してくる。いかがわしい雰囲気ではないので、単純に寂しいのだろう。僕はされるままでいる。
「健斗」
「うん、なあに」
「健斗がビエネッタ食べてるところ見たい」
「僕もミチがビエネッタ食べてるところ見たい。一緒に食べようよ」
「冬中に治るかなあ」
「ちゃんと治せば来週には治ってると思うよ」
 身体が密着しているのをいいことに、ミチの背中の胃のツボを押してやる。ミチが苦しそうな声を出す。
「凝ってるねえ、ごりごりだよ」
 最初はぐぬうと耐えていたミチが、しばらくすると深い呼吸を始める。
「健斗、それ気持ちいい」
「うん、胃のツボだよ」
 繰り返していると、ミチは眠ったようだった。
 次の目覚めは、吐き気が伴わないといい。
 それで、治ったら、ピザとうどんとビエネッタを、無理なく食べさせよう。
 それにしても、なぜ、切ることよりも食べることを選んだ賢明さを神様が理解してくれないのか、僕にはわからない。


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