死なせない

朝の間は死なせない



 朝4時になってしまった。今日はこのまま起きていよう。健斗はまだ寝ている。それでも健斗と話したかった。
 外に出よう。何かを、健斗に買ってこよう。そうすれば、健斗は何かを話すのだろう。何か、健斗に関することを話すのだろう。それを知りたい。
 通い慣れたハンバーガーのチェーン店に入る。見慣れた店員が、笑顔を無料でくれる。いらっしゃいませ。俺は少し頭を下げた。
「お願いします、ええと、ポテトのエルサイズをふたつと……」
 俺の言葉は、遮られた。申し訳ありません、ポテトは10時からでございまして、ただいまの時間はハッシュポテトでしたらご用意できます。
「じゃあ」
 本当に久しぶりにメニューを見た。朝限定のメニューらしい。俺はずいぶんと長い間、朝という期間に活動をしていなかったようだ。
 お並びのお客様、お隣の列へどうぞ。そんな声が聞こえた。後ろにひとが居るのだ。どうしよう、どうしよう、何も考えられない、そこで手に何かの感覚があった、随分と生ぬるい。
「チキンのマフィン、ふたつ、会計一緒で」
 この声は、聞いたことがあるはずだった。自分の声よりも聴き慣れている。
 ミチが歩くのが遅くてよかったよ。投げかけられた同じ声が誰なのかわかって、飛び上がるくらい、驚いてしまった。そこでマフィンが届いたものだから、本当に飛び上がった。
「おはよう」
 聴こえてきたのは底抜けに明るい言葉だ。それでも俺はその言葉を返した。おはよう。そうすると、不思議と朝が来るのだ。
 お待たせいたしました。店員の笑顔を飾る細い目の中に、俺のよく知っている健斗の笑顔が映る。そして、それを見ている俺も、きっと映っている。健斗と話したかった。健斗に関することを話したかった。健斗は、チキンのマフィンを選んだ。マフィンが好きなのだろうか。チキンが好きなのだろうか。こんなに膨大なメニューの中からでは、嫌いなものは選ばないだろう。だとすると、健斗はマフィンもチキンも嫌いではない。
「ミチ、鶏肉、久しぶりだよね」
「健斗、鶏肉、好きなのか」
 寸分たがわぬタイミングの発声だった。俺は、健斗のことを訊いた。健斗は、同意を求めた。
「そうかもしれない」
 お互いに、寸分たがわずそう言おうとしているように感じられた。そして実際に、またもその言葉が同時だったものだから、健斗のことがどんどんと判っていく。
 健斗のことを知ることができて、本当に嬉しいし、幸せだ。チキンのマフィンになりたい、と口に出したら、そうしたら僕はお金を出してミチに会わないといけないじゃないか、と返ってきた。それはそれで嬉しいものだけれど、やはり今というものは、俺たちに向いている状態なのかもしれない。健斗は俺に、チキンのマフィンにはなってほしくないみたいだ。

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