死なせない

妄想に死なせない



 笑えるくらいはっきりとした不安の発作だ。明日教授と口論になるのではないか、とか、寝坊するのではないだろうか、とか、嫌なほど身近な不安だ。声帯が痒いような気もする。
 この症状にジャストミートする薬を処方されたことがあるけれど、できるだけ飲みたくない。以前、頼り過ぎて、逆に、飲んでいないときは常に不安を感じてしまうようになったのだ。そこからの脱却は思い出すのも嫌な経験だった。
 昼に買った和菓子が、21時の机の上に置いてある。初めて入った店にもかかわらず、ひとつおまけしてもらった和菓子だ。胃をやっていてなかなか食事がとれない、と伝えたことで、情けをかけてもらえたのかもしれない。
 気付くとその菓子はなくなっていた。手足が温かいし、ごみ箱には丁寧に折り畳まれた包装紙が見える。俺が食べたのだろう。食べたような気もする。食べる前に、ひどく泣いた覚えもある。22時を回っていた。
 真綿で首を絞められているような状態だ。
 脳の外に不満があるわけではないのだ。単純に環境の変化に脳がついていけず、中が乱れているだけなのだ。
 ただそれだけだ。
 新学期が始まってしまえば、また荒れたり凪いだりしながらでも、普通に生きていけるだろう。いまなにかの愚行をするのはよくない。我ながらとてもよくわかっている。
 どこかで、新学期が来なければこの不安の対象が消えることもわかっている。しかしながらそれは選びたくない道だった。それくらいならば薬を飲む。
 なぜだろう、きちんと肉も野菜も摂っているのに。一瞬考えたが、すぐに、自分が病を抱えていることを思い出す。これは、不安の発作なのだ。なぜ地球が自転するのか、という問いの答えを出すように、少し考えて少し思い出せばわかることだ。数年後にそれが間違った答えだとわかったとしても、今はあの答えに従っていればいいのだ。
 俺は、不安発作を起こしています。
 そう口だけで呟いてみる。それを普段見守ってくれる存在は、今は遠くにいる。電話でもすればつながるけれど、症状を口に出したことで俺は変に肝が据わってしまった。もういちど呟く。俺は、不安発作を起こしています。
 目の前が紫色を帯びて見えてくる。本当に早く寝たほうがいい。でも、こういうときばかりは寝たくないものなのだ。寂しがって愚図る子供だ。
 何かを考えればいい。きっと布団の中で考えるものを考えれば、俺は横になって眠るのだろう。そういえば今日の14時20分にひどい眠気に襲われた。疲れているのだろう。季節の変わり目などというそんなことで疲れていては心配になってしまう。そこも含めて発作なのだ。この発作と俺は一生付き合っていかなければならない。

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