死なせない

オムライスが死なせない



 最近は、何をやっても楽しくない。楽しくないのが4日ほども続けば、きっと誰しも生きる意味を見失うだろう。
 今は実家にいる。健斗には申し訳ないけれど、携帯電話を見ることも少なくなった。健斗のことは好きだし、大切にしたい。でも、健斗にだって、もしかしたら、俺のことは救えないのかもしれない。薬だってきちんと飲んでいる。実家の人間関係も良好だ。だというのに、こんなふうになってしまう。
 死にたいとすら思えないほど、気力がない。寝たいと思うほど、退屈を望んでいない。親の留守を狙って、自殺予防の電話にかけてみた。つながらなかった。俺よりも苦しんでいるひとが、きっと泣きながら相談をしているのだろう。
 相談か、と、健斗を思い出す。健斗は滅多に実家に帰らない。俺の偏見だけれど、健斗はそれゆえに健常な精神を保っているのではなかろうか。
 帰りたい。健斗のところに帰りたい。俺は久しぶりに携帯電話を起動した。
 案の定、健斗のメッセージがたくさん入っていた。健斗のメッセージが多ければ多いほど、俺は幸せを感じてしまう。中身がなんであれ変わらない。その日の夕食の写真でも、スタンプでも、心配されるのも、不在着信でも、嬉しいのだ。
 嬉しい。俺は、健斗のメッセージをすべて読まないまま、そう送った。
 生きてた。健斗の返信がすぐに届く。何と返そうか悩んでいたら、健斗が写真を送ってくれた。オムライスだった。
 俺は別にオムライスが好きでも嫌いでもない。それなのに、俺の目は涙を排泄した。一気に、感情らしい感情が戻ってくる。なくしていたつもりもないけれど、なくなっていたことに気付く。
 食べたい。それだけ打って送った。食欲はあるのかな? 健斗がそう訊く。あんまり。俺は返した。それでも、このオムライスを食べたいと思ってくれたんだね。健斗が言う。そして続けた。
 早めに帰っておいで。オムライスを作るから。食べにおいで。待っているから。
 そう俺を説得した後に、健斗は少し間を置いて、メッセージをくれた。
 僕はミチのことが好きだよ、死なせないよ。
 俺も、返す。俺も健斗のことが好きだよ、死なない。
 そのやりとりに、1時間かかった。その1時間は、俺がここ4日で過ごした中で、生きる意味の尻尾を追いかけようと思った1時間だった。
 健斗とのメッセージをいったん切る。健斗がくれたここ4日間の間のメッセージを読むことにしたのだ。

Copyright(C)2017 Maga Sashita All rights reserved. designed by flower&clover
inserted by FC2 system