死なせない

スースーさせるから死なせない



「スースー系と甘いのとどっち好き」
 そのメッセージは大学へ行っている健斗からだった。俺の喜びを投射したように携帯電話が震えている。
「どっちでも」
 なんの話かは最早関係なかった、健斗が好きなようにしてくれれば、俺はそれでいい。
 俺は保健室のベッドの上で天井とにらめっこしていたため、5文字の返信はすぐに生成されて飛んでいく。
「どっちでもいいならスースー系にする」
「うん」
 それだけのやりとりで、俺は保健室にいるにしては元気になってしまった。2コマ目の講義を聴くだけ聴きに行こうか。時間は遅刻もいいところだし、もう欠席は3回を超えているので、単位にはならないけれど、こうやって天井を見ているよりはいいだろう。そのまましばらくぼんやりした。何度か目をやる時計の電池はきちんと務めを果たしている、立派なことだ。
 こんこんとノックがある。「武藤くん」と俺を呼ぶ保健室の先生の声がする。俺は靴を履いて、ドアを開けた。
「ミチ」
 健斗の姿があった。先生は健斗よりも後ろから俺を心配そうに見ている。
「ミチ、大丈夫? 帰れる?」
「健斗は帰れるの」
「うん。早く終わった。一緒にここで休んでからでもいいよ」
「じゃあ、少し休みたい」
「先生、いいですか?」
 健斗が先生に訊いてくれる。先生は、もちろん、と、個室の中に健斗を入れてくれる。俺は健斗のことも、保健室のことも好きだ。一緒に保健室にいる時間が、嫌いなわけがない。
「ゆっくりしてね」
「ありがとうございます」
 健斗が返事をする。俺は言葉に詰まってただ礼をした。先生は快い感じにドアを閉めた。
 それを笑顔で見やった健斗は俺の前に立ち、俺の両肩をそれぞれ手でぐいぐいとゆっくり押していく。俺はとんとんと後ろに歩かせられ、ベッドにすとんと座らされる。
「健斗……?」
「ミチ、僕のお願いをきいてほしい」
「ああ、きくよ」
 少し身を乗り出すくらい、俺は健斗に食らいついた。健斗が苦笑していた。少し必死すぎたかもしれない、でも、それくらい俺は健斗のお願いをききたい。
「目を閉じて」
 言われるままに目を閉じる。健斗が何やらぺりぺりと何かを剥がすような音を立てる。そして、俺の唇になにかぬるいものが当てられ、なぞってくる。くすぐったいし、なんだかスースーする。
「気持ち悪くない?」
「大丈夫、気持ちいい」
「これ、使ってほしい。ミチ、目を開けて」
 すぐに、柔らかな表情の健斗が目に入った。その健斗が差し出しているのは、封を切ったばかりのリップスティックだった。
「これはなに」
「唇が荒れてるひとのための薬用リップクリーム。最近ミチ、唇、噛んで剥いてるだろ。朝キスしたら血の味がした」
「ごめん」
「いいよ。使ってくれる? 甘いのも使ってみる?」
「いや、これがいいな」
「よかった」
 健斗が笑う。そして荒れていない健斗の唇が動く。キスしていい?
「いいよ」
 すぐにキスがおりた。触れて、離れる。
「……結構スースーだね、ミチ」
「気持ちいい」
「気持ちいいね」

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