死なせない

テレビでは死なせない



 実家に帰省しているミチから、メッセージが来た。たぶん、僕がアパートで今見ているのと同じ番組を見てしまっているのだろう。時間は休日の夕食どきだ。逃げられない。
「吐きそう、助けて健斗、腹と目が痛い、助けて、息ができない」
 ミチにこんな番組を見せたら、こうもなるだろう。僕はできるだけ急いでフリック入力をする。
「ミチ、ショック症状を教えたのは思い出せる?」
 既読まで時間がかかった。ご家族と話でも合わせているのかもしれない。
「ショックかもしれない、吐く、無理」
「吐いてもいいけれど、何を見て何を感じてどのようになっているか、書ける?」
「書く」
 静かに、返信を待つ。18分かけて、ミチは話をしてくれた。
 ご両親から、こう言われたそうだ。ハラスメントというものを知らなければ、ハラスメントだなんて気付かないのだから、知るというのは不幸なことだと言われた。僕とミチを両方否定された気がしたらしい。
「もうひとつある」
 また15分かけて、ミチはもうひとつ話した。
 声を荒げて子供を叱るシーンがあって、ミチの親御さんが、親はつらいだろうね、と仰った。子供の苦痛など考えられないひとたちなのだと知り、つらくなってしまったらしい。
「それで、今はこう」
 症状として今出ているものは、吐き気、身体の麻痺、目の痛み、頭痛だという。親御さんに訴えたところ、笑われてしまった、とある。
 思考が一貫している。まだ冷静なほうだ。それとも耐え切れずに何も感じないようにしてしまったか。
「そう、ミチ、ありがとうね。今、どんな気持ち?」
「待って。部屋いく」
 きっと、ミチはまた笑顔で夕食を食べているのだ。治りかけの右太腿の傷を服の上から撫でながら、大丈夫だと、ただの発作だと理解して尚、命を脅かすほどの何かに苛まれている。
 しばらく待つと、携帯が弱々しく二度震えた。ミチからの着信だ。
「おはよう、ミチ」
 通話を始め、できるだけ落ち着いた声で話しかける。ミチが、歯を食いしばって息と声を絞り出す。
「おはよう、健斗」
「話してみて」
「親は、子供に暴言を吐いていい」
「うん」
「子供の力でどうしようもないことを、親からやれと命令されたら、できないことがわかっていても、特攻しないといけない」
 やはり同じ番組を見ていた。うん、と相槌を打って、続きを待つ。
「それで、それに耐えた子供が素晴らしい、英雄、美談」
「うん」
「親は、謝らなかった」
「うん」
「子供は、泣いていた。親は、謝らなかった。それが、ドキュメンタリー」
「うん」
「それが家庭」
「ひとつのね」
「親は、そういう子供を望んでいる。そういう親を許せない子供は、望まれない」
「そんな家庭もあるかもしれないね」
「どんなハラスメントでも、親がやることは子供がハラスメントだと思わない限り、ドキュメンタリー」
「うん」
「俺は、特攻しろと言われて、それをハラスメントだと受け取った」
「そうだね」
「望まれない」
「わかるんじゃない?」
 結論まで、飛んでしまったことに。
「僕は、ミチが引き出した感情の結論を知りたい。何を思ったんだろう」
 ミチは少し言葉を選んだ。
「愛されたい。死んでしまいたい」
「そう」
「愛されない。死ねない」
「うん」
「健斗のところに帰りたい」
「帰っておいで。僕はミチを愛するよ。死なせない」
「うん」
「帰っておいで」
「帰る」
「必ずだよ」
「うん。帰る」
 テレビの中が、現実なのがいけない。あんなのを理想だと思ってしまうようなひとが、少しでも減るといい。子供に理不尽を怒鳴りつけるのが美談なのではなくて、怒鳴りつけても許された関係を築くことが美談なのだと僕は解釈している。それを理想だとは全く思わないけれど、本人がいいと言うのならいいのだろう。


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