アリスを灼く雪の白

第三章 白虹日を貫く




 ―――アントワネット さんの発言
朝早いから誰もいないよね いてもいいんだけど

 ―――名無し さんの発言
(・ω・)ノ

 ―――アントワネット さんの発言
名無しさん学生だよね ガッコ行っといで

 ―――名無し さんの発言
まだ時間あるからアントワネット嬢のホモ聞いたら支度する

 ―――アントワネット さんの発言
じゃあ簡潔に話すね この前素質ありそうって言ってたうちのひとりがもしかしたら恋に目覚めたかも まだ16なのに学校も行かないで働いてる実直で頑張り屋な人なんだけど、昨日息切らして走ってきて買い物して帰った それでね、なんでアントワネットさんが出勤前にのうのうとこんなところにいるかっていうとね ま た 林 檎 な ん だ ホモはみーんな林檎がお好きって信じてるのでホモじゃないかなーと思うのね まあ後半冗談だけど進展あったら書きに来ます とりあえずしゅっきーん

 ―――名無し さんの発言
いろいろ滅茶苦茶だしアントワネット嬢のいつもの勢いがない気がするけどおいしい予感 いてらですー

 ―――アントワネット さんの発言
勢いがないんじゃない 勢いがありすぎて殺してるんだ 左手がwを連打してるけど消しながら書いてるんだ だって絶対あのひと素質ある 日常的にホモを求めるアントワネットさんが前から言ってるからこれはガチ やばい時間ない しゅっきーん


 灼がすうすうと眠っている。
 有栖は目覚まし時計を使わない。昔から時計のアラームが鳴る2分前に起きるのが得意だった程度には、朝に強かった。
 いつも通り、朝食はなし。灼を起こしてしまわないよう静かに静かに出勤の準備をする。
 灼は夜とは体勢が違った。横向きなのは変わらないが、膝を折り、小さくなっている。
(さすがに朝だと寒いんじゃないか?)
 灼の寝ているシーツごと、その体を抱き上げ、ベッドに寝かせ直した。よく眠っているため声ひとつあげない。
 ブランケットだけかけてやり、壁にはまっているエアコンのコントローラーを外し、灼の顔の横にそっと置く。『20度』とでかでかと書いてあるので、空調だとわかるだろう。操作も上下のボタンのみだし、きっと自由に過ごしやすいように居てくれるだろう。
 『仕事へ行く、灼、行ってきます』とタッグメモをしたためて、灼の顔の横のエアコンのコントローラーにくっつけた。
 スニーカーを履いてドアを開ける。景色はまだ黄昏、いちにちの始まり、まだおねむの酸素は容赦なく冷たい。
 音を立てないようにドアを閉めて、鍵をかけた。有栖は良い眠りをとった証か、体が軽いのを感じていた。職場の八百屋まで、意味もなく小走りで行く。
 町は静まり返っている。とっとっ、という有栖の足音とスズメの寝言だけがデシベルを上下させる。
 商店街に入ると、肉屋とマリエが支度をしているのが見えた。
「おはようございます」
 有栖は軽く会釈をしながらふたりに近づいた。
「アリスさん! 相変わらず早いですねえ、おはようございます!」
「アリスくん、おはよう。うちの今日の顔はカモ肉だ、カモ肉。もし余ったら買って行ってくれよ、余らないと思うけどな! 美味いぞ、カモは!」
「えっカモなの……カモなの……わたしカモ好き……欲しい……」
「あっはっはマリエちゃんはカモが好きか! 良い舌だ! 余ったらおにーさんが焼いてやろう」
 有栖よりも起きるのも支度も早い二人に「おはよう」を言われるのは、なんだか不思議な感じがする。
「マリエさん、今日は?」
「リンゴ大量入荷です! おいしいですよ、アリスさんには特価ですので余ったらぜひどうぞ! あと魚屋のにーさまにも特価です! 税務のじーさまにも特価! つまりみんなに特価です! 売りましょう!」
「わかりました、売りましょう!」
「もー、売るのいいんですけど笑うところですよう」
「ああ、すみません」
 有栖は自然と腹筋がひくつき、口角が上がる。マリエという女性は有栖にとって魅力的だった。いつもにこにこしていて、元気だ。歳は有栖とあまり変わらないはずだが、働くことに関してプライドを持っていて、格好いい。休憩中は女友達とチャットだかなんだかをしているらしいが、有栖が声をかければ「どうしました?」と笑ってくれる。
 夜の集会を終えた暴走族が商店街の2ブロック先を通り過ぎ、有栖は「あ」と声を出した。
「んー? アリスさん、どうしました?」
 轟音と共に過ぎ去ったヘルメットを着けない頭が傷み切った色をしていたので思い出した。
「いえ、うちの……泊まりに来ているひと、に、食事を用意しないで出てきてしまったので」
「あー、アリスさん、ごはん召し上がりませんしねえ、じゃあ今日は早めにあがってください。おうちのひとにちゃんとごはんあげてくださいね。リンゴと一緒に!」


 ―――アントワネット さんの発言
>速報< ホモktkr

 ―――名無し さんの発言
ktkr

 ―――アントワネット さんの発言
名無しさんあんたちゃんとガッコ行きなさいよIDでアントワネットさんにはわかってるんだから

 ―――名無し さんの発言
空きコマですぅ~(クズ顔) んなことよりアントワネット嬢、ホモはよ

 ―――アントワネット さんの発言
心配しすぎて忘れた

 ―――名無し さんの発言
ちょwww俺のせいwww

 ―――アントワネット さんの発言
いや、覚えてるけど えっと、「うちの」って言った後に言いよどんで「泊まりに来てる人」って言ってた うちの子猫ちゃんが、って言おうとしたよね!? ね!?

 ―――名無し さんの発言
興奮しすぎてちょっとよくわかんないですねwww落ち着いてkwsk

 ―――アントワネット さんの発言
待ってお客さん来た 終わったら書きに来るからあんたちゃんとガッコry

 ―――名無し さんの発言
ええー わかりましたガッコ行きます……俺への天罰だ……天罰なのだ……


 17時、夕食時の買い物客がいなくなり、有栖はマリエに、リンゴと砕けてしまって売れないガーリックを持たされて帰途についた。一日中灼のことばかり考えていた。さすがに1年近く八百屋を手伝っていれば釣り銭や量はそうそう間違えないが、少しぼんやりしてしまったかもしれない。
「ただいま」
「おかえり、アリス」
 鍵とドアを開けるなり、灼が左足でぴょんぴょんと玄関に来た。
 筋肉質なためやや太めな有栖のサイズの、ぶかぶかで太ももまで隠れる、意味のないアルファベットの並ぶトレーナーと、余裕のある太さの色の濃いジーンズ。いわゆるラフな路線で、魅力的だった。有栖がやるとただのだらしのない男になりそうだが、灼がやると金持ちの家の坊ちゃんが悪めの先輩に服を借りたような雰囲気である。
「よかった、ちゃんと帰ってきてくれた」
「帰ってくるさ、僕の家だ」
「僕がいるとよくないかと思って」
「そんなことはない。シャク、飯……ごはんはどうしてた?」
「食べていないよ」
「ああ、ごめん、明日からは作っていく」
「いや、いいよ。僕も精神修行で断食をすることもあるし、アリスもあまり食べないんだろう」
「でも」
「あとで聞きたい。アリス、ディナーにしたい」
 一日中『ディナー』を待っていたであろう灼を待たせるのも可哀想だったので、手早く料理の支度をする。鶏肉とジャガイモを薄く切り、ブラックペッパーと塩、ガーリックで香りをつける。冷蔵庫のプチトマトも添えて、有栖は久々に料理というものをした。
 食事とは栄養を取り入れるだけのものではなく、ゆっくりと会話でもしながら楽しむものらしい。ひとり暮らしになって、ずっと忘れていた感覚だった。
「アリスは、働いているの?」
「ああ、八百屋に雇ってもらってる」
「楽しい?」
「楽しいというか、まあ楽しくなくはないけど、差し迫っては生活のためだなあ」
「お金?」
「そうだな」
「ふうん」
 灼はよくわかっていないようにジャガイモにフォークを刺した。
 たわいない話だったが、有栖は安心感を感じていた。今日のきちんとした料理は、昨日の鮭と納豆よりも、会話が弾んだ気がした。
「アリス、おいしい」


 ―――アントワネット さんの発言
みんなー! ホモだよー!

 ―――名無し さんの発言
アントワネット嬢ktkr

 ―――名無し さんの発言
まああああってましたああああ

 ―――名無し さんの発言
そんな来日中の海外アーティストみたいに言われてもwww皆の衆ホモでござるぞー!

 ―――名無し さんの発言
そんな武士みたいに言われてもwwwおいwwおめーらwwホモwwだってよwwウェーイwww

 ―――名無し さんの発言
そんな俺達みたいに言われてもwwwちょっと~ホモよ~来ちゃってるわよ~聞いてよ~これいかほど~

 ―――名無し さんの発言
そんなオネエみたいに言われてもwwwホーモーホモホモォーホーモーwwwホーwwwモーwwwホモーwww

 ―――名無し さんの発言
そんなフクロウみたいに言われてもwwwすまんネタがない

 ―――名無し さんの発言
○ゲル君の○臭力じゃないのか

 ―――フクロウ さんの発言
ちょっと消臭されてくるわマジごめん

 ―――アントワネット さんの発言
皆楽しそうね……

 ―――名無し さんの発言
めっそうもない ホモはよ

 ―――名無し さんの発言
アントワネット嬢が退屈なさらないよう士気を高めておったのです ホモはよ

 ―――クズ学生 さんの発言
学校行ったのでホモはよ 子猫ちゃんなんだろ?

 ―――名無し さんの発言
子猫ちゃんwwwなにそれkwsk キザ系ホモなの?

 ―――アントワネット さんの発言
うんとね、キザではない アントワネットさんのところで働く前は体力仕事してた実直系の同僚(と書いてホモと読む)がいるんだけど、家に人を置いてきちゃって食事作ってない、みたいなこと言ってた

 ―――名無し さんの発言
何がどうなって子猫ちゃんなのか

 ―――名無し さんの発言
誰か同僚の括弧突っ込んであげて

 ―――クズ学生 さんの発言
ホモ(断定)が「うちの……泊まりに来てる人」って言いよどんだらしくてアントワネット嬢がそのホモが「うちの子猫ちゃん」って言いかけたんじゃないかって

 ―――名無し さんの発言
クズ学生さんサンクス 貴殿全然クズじゃないよ 要約力に優れてる

 ―――名無し さんの発言
食事なかったら普通外に出て食べるか適当にカップ麺とか発掘すると思うんだけど私は夢がなさすぎる?

 ―――アントワネット さんの発言
その括弧はあってもなくてもおいしさはあんまり変わらんので大丈夫 で、その実直系が相当お金に余裕がないみたいなのね だから多分カップ麺なんて家に置いてないだろうし外食なんてもってのほかっぽいのよ だからお食事作ってあげるか、自分がお食事になるかしないと

 ―――名無し さんの発言
イイハナシダナーと思ってたら最後最高にいい話だった

 ―――アントワネット さんの発言
なんでそんなにお金ないのかここ数分で頑張って考えたんだけどもしかして実直さんは貢ぐ君なの? メッシーなの? アントワネットさんハピエン主義だから身請けするときはこっそり袖の下を助けてあげて愛のキューピッドになりたい

 ―――名無し さんの発言
いろいろと久しぶりに聞く言葉が多い

 ―――アントワネット さんの発言
進展あったら書きに来ます 明日も朝チュンの時間に「今頃世の中のホモはチュンチュンで起きて過ちを噛み締めてんだろーなー」って思いながら出勤するので寝ます いつもみんなありがとう

 ―――名無し さんの発言
アントワネット嬢大変な仕事なんだな おやすみ

 ―――アントワネット さんの発言
実直さんが居る限りそんなに大変じゃない さっきの鍵括弧は呪いじゃなく祝いだから おやすみ


「もしもーし。もしもーし」
 翌日、有栖が出勤しても気付かず寝ていた灼は、体を揺すられて起きた。
「ん、あ……アリス……?」
「そちらさん、どちら様ですか?」
 不可思議な雰囲気の男が、ベッドの上の灼を揺すっていた。
 灼は寝ぼけた頭で必死に考えた。
「あなたがオーヤですか?」
 灼が問うと、男はきょとんとする。
「大家? 違うよ、俺はアリスの兄です。そちらさんは、アリスの友人か恋人か何かですか?」
 オーヤでないなら何も隠し事をすることはない。灼は数度目をこすり、体を起こして正座をした。
「お初にお目にかかります、アリスさんのお兄様ですね。僕は灼=スノーホワイトと申します」
 軽いお辞儀をする。
 男は興味深そうに、じろじろと灼を見ている。
「スノーホワイト……? アリスとの関係は?」
「僕が夜道でふらついていたところ、僕は気を失ったらしく、そこをアリスに拾ってきていただきました」
「そう。じゃああんまり話さないほうがいい?」
 灼は少し困った。この男は、どうにも扱いづらい。
 男は数秒灼の返事を待っていたが、ふいと踵を返し、鍵つきの棚に鍵を差し込んで、開けた。
「ごめんね、お金もらって帰るよ。またクスリの値段が上がって俺はきりきり舞いだよ」
「お金……クスリ……?」
「アリスは俺のコレを隠そうとしてくれているんだけどね。アリスに可哀想なことをしているのは知っているし。シャクさんはクスリだけはやっちゃだめだよ」
「クスリ、って?」
「ご存知ない? 麻薬とか覚せい剤とか言ったらわかるかな」
「飲んだことがないので……体に悪いんですか?」
「よくはない、いいと言えばいいんだけど悪いんだろう」
「やめられないんですか?」
「まあ無理かな。あ、そろそろ戻る。俺は傍士」
「ボーシさん」
「よろしくね、シャクさん。アリスにもよろしく言っておいて」


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