アリスを灼く雪の白

第九章 白旗



「いらっしゃい、シャクさん!」
 リュークは嬉しそうに灼とハグを交わし、すぐに離れる。灼はリュークのそういった気遣いが好きだった。灼にとってはひとの体温は熱いのだ。
 反面、有栖はなぜか嫌な気分になった。嫉妬だと気づくまで時間がかかるほど嫌な気分だった。
 リュークはチャーミングな笑みのまま有栖に握手を求める。
「初めまして」
「ええ、お初にお目にかかります。アリスさん、ですね。お話は伺っております。それでは、どうぞ中へ」
 握手を交わす。
 有栖が見たこともないほど広く、豪華な家だった。似たような家など見たことがないので、どのようなものか、表現のしようがない。
「どうぞ、召し上がってください。色リンゴという珍しいものなんです」
 テーブルを示したリュークはずっと楽しそうにしている。
 嬉しそうな灼がことわって色リンゴを一切れ、フォークに刺してかじった。「芳醇」と呟く。
「飲み物も、ありますよ。色リンゴのジュースなんです」
 リュークがグラスにジュースを注ぎ、有栖に手渡した。有栖は誘われるままにそれを口に含み、飲み下す。
 瞬間、有栖は息ができなくなった。グラスが手から落とされ、割れる音が響く。絨毯に染みが広がる。
「アリス!?」
 灼が慌てて有栖の体を支える。有栖の重い体は、灼には支えきれない。だんだんと体勢が崩れる。リュークが助け舟を出すように支え直した。
「リューク様……?」
 灼が不安そうな声を出していて、有栖はいたたまれなくなった。
「アリス様は、もしかして未成年でしたか? てっきり22、23歳ほどかと……色リンゴのジュースは二十歳を過ぎないと息苦しさを感じることがあるようです。失敬致しました」
「どうすれば、どうすれば治るんですか」
 落ち着いたリュークと慌てふためく灼の会話を聞きながら息を吸い続けていた有栖はふっと体が楽になり、支える手をそっと離させて、大丈夫だと示した。
「アリス、アリス、大丈夫か?」
「大丈夫、灼。少しびっくりした。リュークさん、ごめんなさい、グラスを」
「ああ、構いません、こちらこそ本当に申し訳ありません、御年を伺っても?」
「16になりました」
「おや……失敬致しました。お部屋にお通ししますので、少し休まれてください。シャクさんの隣の部屋ですので、どうぞご自由にご利用ください。大丈夫ですか?」
「ええ」
 リュークが再び有栖の体を支え、階段をのぼる。灼は無意味に手を上げ下げして後をついていった。
 リュークが部屋の鍵を開け、有栖は立派なベッドに腰掛けさせられ、よく冷えた水を渡された。
「シャク、リュークさん、僕は大丈夫なので、どうぞお二人で。僕も落ち着いたら向かってもいいですか」
「ええ、どうぞご無理なさらず。シャクさんのお部屋におりますので」
 ドアが閉まると、有栖は自分の体と向き合った。少し、火照る。
 灼は隣室でソファに腰掛けた。柔らかで、包み込むように温かい。
 腰掛けた理由は、少し体がおかしかったからだ。力が抜けるような、熱が溜まるような、不思議な感覚だった。
「シャクさんも、16歳でしたか。一切れでそこまで効いていただけると、一周して嬉しいものです」
「リューク様、どういう、ことですか」
 リュークはチャーミングな笑みを崩さない。
「色リンゴは、体を興奮させます。性的に感じる人が多いようです」
「え、じゃあ、アリスは」
「アリスさんのご心配ですか? まったく、妬ましい」
「だって」
「僕も人間ですので、少し汚いこともします。そうやってでも、シャクさん、あなたを知りたい」
 灼は自分が人間でないと言われているような気がした。
 リュークはテーブルの上の、蜜色のボトルを持ち、直接口をつけて一気に飲み干した。息をついて熱っぽく灼を見る。
「楽しみましょう、シャクさん。カグヤさんに、シャクさんの初めてをいただきたいとお願いしていたのです。芳しいお返事はいただけませんでしたので、こうして少し意地悪をしているのですけれど」
 輝夜はそのようなことは一度も言わなかった。ただ、いつだかの輝夜の心配そうな目が灼の脳裏をよぎった。
「でも、僕は男で、リューク様も男性ですよ」
「僕が、教えて差し上げます」
「アリスは、ひとりですよ」
 リュークは少し眉を寄せた。嫌がる風でなく、切なげな表情だった。
「そんなにアリスさんが気になりますか」
「だって」
「いえ、構いません。シャクさんがきちんとお分かりになったら、アリスさんのところへ行きましょう」
 リュークは少し乱暴に、シャクの手を掴んでベッドまで引っ張った。
 灼はされるままにベッドに投げ出され、短くなった髪が乱れた服の裾から肩に触れ、不思議な体の反応に追われた。それだけで今まで出したことがないような声が灼の口からあがり、灼は怖くなって目をつむった。
 リュークの吐息が笑いを表し、灼の指がぬめった感触に包まれる。それさえ灼の声帯振動を伴う。
 リュークが灼の指を口に含んでいた。灼には熱くてたまらない。その口は言葉を継ぐためにいったん離れる。
「シャクさんの指は綺麗ですね。不思議な味がします、血のような」
 血行がよくなったせいで赤い爪の表面から血がにじんでいるのだ。
 再度、熱い口内に指が焼かれる。
 恐怖と嫌悪感から抵抗しようとも思ったが、涼の顔が思い浮かび、やめてしまった。リューク様の気分を害してしまえば、涼が面倒がる。
 いつも少し意地悪に自分をからかう兄を、なぜ庇ってしまうのだろう。
 リュークは灼の指を舐めるのをやめて、自分のネクタイを外した。
「シャクさん、服を脱いでください」
「どうして、ですか」
「脱いでくださったら、教えて差し上げましょう」
 灼は言われるままに背に手を回し、帯を解いた。するすると腹回りが楽になっていき、リュークの熱い手が襟元に差し込まれ、灼の着物は乱れるところまで乱れた。
 リュークの手が灼の体から着物をはぎ取る。灼は脚の間が外気に触れて肌寒さを感じ、自分が勃起していることに気付いた。
「シャクさん、見ないほうがいいですよ」
 リュークが灼にネクタイで目隠しをする。
 何も見えなくなった灼がうずく体に戸惑っていると、火照った足の間に冷たい液体の感触があった。思わず声が上がる。
「ああ、失敬しました、少し濡らさないといけないので、色リンゴのジュースを」
 かけられたところがじんじんと熱を持ち始める。熱くなり、先程までつらかった熱い体温に触れてほしくてたまらない。
 そう思っていると、投げ出された灼の両脚がリュークの手によって折りたたまれ、太ももとふくらはぎをベルトのようなもので固定される感覚があった。
 直後、灼は悲鳴を上げることになる。熱を持ったそこを、リュークが舐めはじめたのだ。
「あ! ぁう、あ、リューク様、んあ、あ」
 脚の間に陣取ったリュークの肩を押し返そうと手で押すと、その両手首もベルトの感触で固定される。
「あ、んっく、んん! あ、は、ふぅっ、」
 まだ数えるほどしか絶頂の経験のない灼は、どうしたらいいかわからず体を跳ねさせる。拘束されていなければばたんばたんと暴れてしまっていたかもしれない、と、灼はリュークに感謝した。
 リュークの指がジュースで濡れた蕾を開かせる。
「ひ……? あ、ぅん、んあっ」
「中も、冷たいんですね。これからのことを、期待してしまう」
 違和感は、次第に快楽に結びついた。中のある部分を刺激されると、たまらなく気持ちがいい。
「はぁあん! あ、ああ、」
 前が責め苦から解放され、リュークの吐息が濡れたそこにかかる。
「どうぞ、楽に。我慢しないでください。本当に初めてですか? ずいぶんと慣れた反応ですね」
「初めて、です、リューク様、僕は、今、なにをされているんですか……?」
「僕と灼さんの体をつなぐんです。気持ちよくなれますよ。大丈夫です、みんなすることです」
 指が増やされ、先程よりも広がった感触が、それですら物足りない。もっと、ぐちゃぐちゃにしてほしい。
 けれどその衝動を理解するにはまだ灼は経験が不足しすぎていて、ただ腰が揺れ、『ほしい』という感覚が広がる。何が欲しいのかまではわからなかったが、物足りないことだけはよくよくわかった。
「リューク様、もっと……」
 回らない頭で考えに考えて出てきた言葉は慣れたものの使う言葉と期せずして同じものだったが、それでも毒林檎を食べた白雪姫がその行為が初めてであることは、再び茎を口腔でくるんだリュークにも伝わっていた。蕾はひくひくと震える癖に開発が済んでおらず、慣らさなければ痛がるだろう。しかしながら、慣らしてしまえば従順に求め合える体だ、と、リュークは2本の指でその場所をぐいと押した。一度達させるつもりで、前もきつく吸いあげた。だが、それでも悲鳴が上がるばかりで絶頂は遠い。
「ふあ、ああぁああっ! あ、っは、あ……嫌、リューク様、もっと、もっと」
 焦れた腰がぐねぐねと揺れる。リュークは煽られ、指を引き抜いて自身をそこに宛がった。
「少し、苦しくしますが、ちゃんとよくなりますから」
「ん、はい、もっとしてください、リューク様、もっと……ぁ、あ……ん、う」
 中からの圧迫すら、灼は身を捩るものの受け入れようとする。
 リュークがピストン運動を始めると、小気味いい嬌声が響いた。小刻みに突けば短く甘く、深く押し込めば長く苦しそうな声は、リュークを十二分に煽り立て、灼自身の脳にも快楽を伝える。
 けれど、灼は達することができなかった。何度もこみ上げるものはあるのだが、隣室で寝ているであろう顔がよぎるたび、波を逃してしまうのだ。
「シャクさん、どんな感じですか」
「んっ、気持ちが、よくて、でも、よくわからなくて、」
「どこが、気持ちいいですか」
「リューク様が、触ったところ、全部、気持ちよくて、でも、なんだか、気持ちよく、なりたいのに、うまくできなくて」
 その瞬間、リュークはたまらなく悔しく感じて歯噛みした。相手が自分であることがよくないのだとわかってしまったのだ。
「体はよくても、なにか邪魔なんですね」
「はい、なにか、邪魔して、気持ちよくなれなくて」
「……隣の部屋に、アリスさんがいますね」
「え……? そう、ですね」
「アリスさんが、シャクさんとこういうことをしたら、気持ちよくなれて、うまくできますか」
「やっぱり、アリスが、よくないんですか……? さっきから、アリスが、気になって」
「ためしに考えてみてください。今シャクさんに触っているのはアリスさんです。僕はもう黙るので、アリスさんだと思って、してみてください」
 リュークがプライドを唾棄した瞬間だった。灼の肩に、胸に、脚に吸い付き、冷たい中を激しく突く。あがる嬌声がやはり先程よりもずっと甘いことに気付かないほど、リュークは経験不足ではなかった。
「アリス……」
 灼が小さく呟くと、中がぎゅうと締まった。リュークは興奮の底に灼けるほどの嫉妬を感じた。
 灼を呼びたい気持ちを抑え、ただ手で灼を包み、扱いて、中を緩く押し上げ、求めに応える。繰り返していると、灼は息を全部声にして吐き出し、体を痙攣させて、粘つく白を何度かに分けて噴き出した。中の痙攣につられ、リュークも中にぶちまける。灼はそれっきりぐったりとしてしまい、気絶してしまったのだとリュークは悟る。中から自身を引き抜き、中に出したものの味のように苦い気持ちで、灼に布団をかぶせた。
 冷たい中は新鮮で、居心地もよくて、気持ちがよかった。
 それなのに、自分が灼を抱けたのだとは、とても思えなかった。
 その頃には有栖も欲求を処理していた。
 音は聞こえなかったが、隣室でもし灼が淫らな姿をしているとしたら、そしてリュークと交わっていたら、と考えると、たまらなく興奮した。そこに割り込んで、あの冷たい体に熱をともしたい。
 気付くには時間がかかったが、処理の間、ずっと決まった顔が浮かんでいることに気付くと、激しい吐息に失笑が混じった。
 ああ、僕は、灼を抱きたいのだ。


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