おいしいものを食べたいね

おいしいシンパシー



 今日はちょっと。そんな言葉を、ミビヤの前で言わなければならなくなるとは思わなかった。
 ミビヤの勤めるコンビニエンスストアで、新作のフレッシュレモン味のフラッペを勧められた。でも、僕は今、フラッペを飲むわけにいかないのだ。
 しかしながら深夜のあまり賑わわないコンビニでは、その拒絶は大きく響いてしまった。店の全員が僕を奇異の眼差しで見ている。もっとも店には、サトウ店長とミビヤ、ヅキしかいないのだ。甘いものしか食べない僕が、新作を試さないことは、紛れもなく普通ではない。
「リシャおまえ、どうしたの」
「いや、あの」
 ヅキの問いに僕が言いよどむと、芯の優しいヅキは僕に訳があるのだというところをわかってくれて、いい、いい、と繰り返して、サトウ店長との会話に戻った。
 いちばん衝撃を受けた顔をしていたのは、ミビヤだった。律儀で一途なミビヤは、その真っ直ぐさゆえに、少し曲がってしまった真実を想像しているのだろう。
「明後日くらいとかにまた」
「……そう」
 ミビヤはしょんぼりとした。またミビヤは、苦い気持ちを味わっているのだろうか。僕も、甘くない気持ちになって、甘いものが欲しくなる。でも、甘いものは飲めない。食べられない。残されたのは、感じることだ。甘い状態を感じたい。でも、自分からそれをねだったのでは、考えが甘すぎる、おいしくない。僕は別の行動に出た。
「ね」
 僕が顔を近付けながらミビヤを呼ぶと、哀しそうな目のまま、少しだけ唇の血色がよくなったミビヤの表情が見られた。
 でも、なかなかに物わかりのよくないひとだ。僕が、こんな、キスとかなんなりとかそんなことで、あなたの誘いをなかったことにするとでも思っているのだろうか、なんとまあ失敬なひとだ。
「あ、コーヒーを」
 アメリカンドッグが揚がる頃に、ミビヤはハッと気づいた様子で、ようやっと僕の意図を汲んでくれた。サトウ店長に大きな声でそう言って、僕の手を取った。
「じゃあ、看病に」
 言って、僕は前が見えなくなるくらい微笑んだ。ようやっとほんの少し、甘い感覚だった。
「お願いしますね」
 サトウ店長がニヤニヤとバックのドアを開けてくれる。お礼を言った。
 ミビヤが椅子に腰かけ、深呼吸を2回した。
「ご奉仕ができない」
 遮るようになったけれど、僕はただそれだけ言った。ミビヤはきょとんとした。
「キスもできない」
 段々と、ミビヤは悲痛な面持ちになっていく。だから、そうではないのだ、安心してほしい。
「ごはんも食べられない、歯も磨けない」
 またミビヤはこんがらがった顔をする。僕はひとをいじめる趣味はないのだけれど、できたら言葉から察してほしかったのだ。まあ、そこまで強い願望ではないのだ、わからないのなら、ねだるまでだ。
「キスしてくれたらわかるかも」
「……俺がしても?」
「お願いできるのであれば」
 ミビヤは、戸惑ったままのくせに、大きな手で僕の後頭部を支えると、ゆっくりと顔を近付けた。もどかしい。でも耐えて、座っているミビヤの両肩に手を置いた。
 唇が触れる。問答無用で僕は舌をねだって吸い付いた。ミビヤはいつも控えめだ。
 そして、ことがばれた瞬間、ミビヤは顔を引いた。そうなるだろうと思って、僕は両肩に置いた手でミビヤを押さえつけ、キスを続ける。しかしながら顔をよじられておしまいになる。物足りない。
「しょっぱい」
 ミビヤが言った。種明かしと行こう。
「噛んでしまった」
「ちなみに、なにを食べるときに」
 僕が敢えて言わないところを言わせるのか。ミビヤはそういうひとだ、きちんとした思いやりがあるため、全く不愉快ではない。面白さゆえに、僕のそういう言葉が生成されるのだ。
「……シェイク」
「シェイク噛む派? 俺も」
 変なところでシンパシーを感じさせられた。僕は無事に甘い気分だ。ミビヤは制服の上着を脱いだ。職場でか、と、覚悟を決めると、ただ単に休憩の時間を入力するためだけだった。やはりフレッシュレモンを飲んでいくべきかもしれない。


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