モルモット式xxx(CASE.XENON)

憑依式座敷童




「『憑依』をしようよ」
 施設に入所し、荷ほどきもそこそこに、セノンがそんなことを言った。
「えっ俺ごはん食べたい」
「じゃあ食べたらやろうよ」
「そんなに急ぐことでもないよ」
 セノンは頬を膨らませて言う。
「わたし知ってるんだよ、わたしの治療はナオくんのお給料にはなりにくいって。だから早く治療してしまって、別の患者さんを治療したらいいよ。わたしも早く治るようにがんばるから」
「うんうん、まずごはんね」
「わかった」
 牛丼と豚汁を温めなおしている間、セノンにはテーブルについていてもらう。狭いテーブルと空の俺の席を眺めながら、そわそわとしていた。知らない場所で緊張しているのかもしれない。
「はい、セノンちゃん、ごはん」
「買ってきたの?」
「作った」
「だって、牛丼だよ」
「俺、料理は好きなんだよ」
「なるほど」
「変なところで納得しないでよ」
 またげらげらとふたりで笑った。
「いただきます」
 セノンは手を合わせていただきますを唱えた。
 食事は粛々としたものだった。
 セノンはがっつくわけでもなく、無駄口をたたくわけでもなく、ひとくちひとくちよく噛んで食べていた。そこだけ見れば健康的なのだが、果たして健康なひとが、教科書通りの食事を再現するだろうか?
 俺はセノンが豚汁を飲んでいる間に牛丼をおかわりした。早食いが体重にかかわっているような気は、常々している。
 食べ終わって、ひと息ついていると、セノンが食器を片付けようとした。
「ああセノンちゃん、片付けも用意も、俺がやるから」
「……え、どうして?」
「祈祷セラピーだと、そうなっているんだ」
「そうなんだ、ごめんなさい」
「いやいやいいよ、片してくるね」
「うん」
 二人分のどんぶりとお椀をキッチンに持っていく。ワンルームなので、数歩歩けばキッチンがあり、冷蔵庫があり、電子レンジがある。反対側に数歩歩けば布団が畳んで置いてある。狭いのも悪くない。
 状態の悪い患者が怪我をしないように、食器棚にも、棚にも、コンロにすらもロックがかかっている。この、セノンが何もできない空間で、少しでもセノンが休まればいいと思う。
「それできみは、いつから憑いているんだい」
「え、なに?」
「セノンちゃんのふりをしているでしょう。悪霊ではなさそうだから、ひどくはしないよ。今のうちに正体を見せてよ」
 セノンには、既に何かが憑いている。気づいたのは、食器を片付ける際、セノンを呼んだときだ。セノンは一瞬、自分が呼ばれていることに気づいていなかった。いつも気を張っているセノンが、自分の名を認識できないはずがない。
「わかっちゃうのね。わたし、いけないことはしないわよ?」
「でも実際、セノンちゃんはきみが憑いていることで疲れているでしょう」
「いつも通りよ。そういう病気だもの。セノンが聞いているうちに、『憑依』のふりをすればよかったのに。そうすればわたしだって穏便に出てきたわよ」
「それは申し訳なかった」
 悪いものではなさそうだ。食器を水につけてセノンのもとに戻ると、その何かはセノンの目をこちらに向けて、にやにやと笑っている。
「出て行ったほうがいいの?」
「それはもちろん」
「悪いけれど、しばらく憑いたり離れたりするわよ。わたし、まだこの子を手放せない。まだこの子を救っていないのだもの」
「セノンちゃんを救うのは俺の仕事なんだけれどなあ」
「じゃあ、早いところ、わたしよりもセノンと仲良くなるのね。セノンはわたしを歓迎している。だからわたし、いつも離れずにいるの。わたしを祓いたいなら、わたしよりもセノンに頼られるようになって。わたしも善意でやっていることなの。糾弾されるいわれはないわ」
「それはどうも。でもセノンちゃんは俺が救う。だってセノンちゃんはきみが一緒にいることで疲れている。俺はそれを黙認できる職業じゃないからね」
「祈祷セラピストでしたっけ? けったいな職業ね。でも、セノンは悪く思っていないみたい。むしろセノンはあなたのことは、面白いと思っているわよ。珍しいことなんだから。セノンは太ったひとを見るといらいらするから」
「……」
 やっぱり俺は太っているんだな、と思っていると、そいつは気配りのつもりか、言葉を継いだ。
「でも、あなたが痩せていたら、セノンはあなたと仲良くなれないわよ」
「どうしてさ」
「自分よりできる人間を、セノンは認めたくないから。セノンは誰よりも優れていないと気が済まないのよ」
「なるほどねえ。じゃあそろそろ出ていってよ。俺とセノンちゃんはデザートを食べるんだ」
「まだ食べるの!? 人間って……まあいいわ、とにかくわたしはしばらくセノンから離れるつもりはないから」
「きみ、名前は」
「オト」
「俺はナオ」
「知ってるわ」
 オトは、何事か、ああやだやだ、と手を振った。そして、出ていったようだった。セノンの体が傾ぎ、机に突っ伏して眠っているような状態になった。
「ええと……」
 とりあえず、セノンを布団に入れることにする。畳んであった布団を引っ張り崩して、セノンを抱えて寝かせる。口に出すことではないのだが、筋肉質なせいか、結構重たかった。
 一気に暇になってしまった。途方に暮れる俺を、オトが笑っているような気がしたが、それはきっと被害妄想だ。
 考えをまとめるために、もう一杯、牛丼を食べることにした。そのあと杏仁豆腐を、セノンのぶんを残して平らげ、ようやく俺は、セノンの布団との間に1メートルほどの謎の空間をこしらえ、布団を敷いて眠ることとした。



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